たった一人の決意
3階の会議室には、すでに御園と編集長の田之上が座っていた。田之上は、45歳の年齢のわりには若く見える。つやつやの黒髪を三つ編みにしているからだろうか。文学少女がそのまま編集者になったかのような雰囲気だ。
「美鈴ちゃん、よく来てくれたね。営業部長の早瀬くんと編集長の田之上さんには、すでに会社売却の話はしてある。2人とも賛成してくれたよ。美鈴ちゃんの承諾を得てから、社員全員に説明して、話を進めていきたいと思う」と御園は隣の席に座るように促した。
「はい、今日はその返事をするために、お邪魔しました」
そういって、美鈴は背筋をピンと伸ばした。
「今日、ここに来るまでずっと迷っていました。パパと一緒に会社をやってきたミソじいが会社を手放すしかないというなら、きっとそれが現実なんだろうと思いました。でも、本当にそれでいいのかな、という気持ちも正直捨てきれませんでした。だって、パパにとって森下書房は人生そのものだったから。そして、私は本をつくっているパパが大好きだったから。でも今日、森下書房に来て初めてわかりました。私は森下書房を続けてほしい。売却しないでほしいんです」
「えっ……」
御園は驚きの表情を隠しきれない。「そうはいっても、会社はいつ潰れるかわからないし、社長だっていないんだよ。それに……」
必死に説得にかかる御園の言葉を遮るように、美鈴は堂々と宣言した。
「私が社長やります!」
御園をはじめ一同は、あんぐりと口を開けたまま、言葉を発することができなかった。
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