親の目はまだ見られないけれど

【第34回】
引きこもりからの社会復帰を目指そうと、実家の食堂を手伝い始めたサトル。
少しずつ前向きになる中で、心に引っ掛かっていたのは不仲な剛田父子のことだった。
引きこもり教師・サトルの「目は口ほどにものを言う」編、クライマックス!
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント。

 ランチの時間帯がようやく終わり、三葉食堂に平和な時間が戻ってきた。怒濤のように来店したお客さんがいなくなり、父親が奏でる中華鍋の金属音も、母親が取るオーダーの声も、一旦落ち着いた。サトルは、店内の椅子にもたれかかるようにして座ると、ああ、とため息をついた。疲労感がとんでもない。両親が、何十年もの間、よくぞ毎日これをこなしてきたものだ、と感心する。

 引きこもりが社会復帰を目指すには、まずは社会との接点を持つことが必要なのだという。サトルは手始めに、両親の店を手伝うことにした。オーダー取り、父親の調理補助、皿洗いが主な仕事だ。始めて一か月ほどになるが、まだ体が慣れない。

「おい、だらしねえなあ」

 厨房で、ちゃきちゃきと仕込みをする父親が、ぐったりとするサトルを見て、大笑いした。 「いや、だって」

「無理なら、上で寝てたっていいんだぞ」

 言葉を、そのまま受け取っていいものかどうか、サトルは少し考えた。

「いいのかな」

「よくねえけど、無理してもしょうがねえからなあ」

「だって、それじゃ、ただのお荷物だし」

「お荷物だろうが豚モツだろうがよ、しょうがねえじゃねえか」

 親子なんだから、と、父親は言い、また笑った。サトルは、視線を母親に移す。レジの整理をしながら、母親も同じように笑っていた。

「ごめんください」

 唐突に、店の扉が開いて、若い男の声がした。サトルは、反射的に立ち上がって、「いらっしゃいませ」と、精一杯声を張った。

「あの、寺松先生は」

 戸口に立っていたのは、奥村だった。襟のついたこぎれいな服装をして、神妙な顔つきで立っている。母親が、振り返りもせず、どうぞ! と声を掛けた。

「タイチ、くん」

「先日は、大変ご迷惑をお掛けいたしました」

 奥村は、サトルの正面に回ると、深々と頭を下げた。

 あの出来事があって一か月、サトルの心には、剛田と奥村のことが常に引っ掛かっていた。だが、部外者であるサトルにはその後の経緯を知るすべもなく、気になったまま、宙ぶらりんの状態だったのだ。聞きたいことはたくさんあるが、首を突っ込んでいいものかはわからない。

「いや、迷惑だなんて」

「先日の、お詫びと言っては何なのですが」

 奥村は、持っていた紙袋から小さな風呂敷包みを取り出し、恭(うやうや)しくサトルに差し出した。一瞬、受け取るのを戸惑ったが、奥村がぐいと包みを突き出し、流れのままに受け取ってしまった。

「開けても、いいんでしょうか」

「是非」

 テーブルに包みを置き、そっと結び目を解く。中には小さな桐の箱が入っている。箱を開けると、さらに布に包まれたものが入っていた。

「これは」

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