この人の心を覗くことができたら

【第32回】
息子との久々の対面なのに、喧嘩別れしてしまった剛田。
成功した息子と素直に接することができない剛田をなんとかしてあげたいと、サトルは考えを巡らせる。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!

 津田窯での荒ぶりようとは打って変わって、剛田は上機嫌でコップのビールを喉に流し込んでいた。あまりアルコールに強くないサトルは、もうずいぶん前から世界がぐるぐると回転して見えている。

 津田の言う通り、剛田はバス停でサトルを待っていた。引きこもりのサトルを山の上まで強引に引っ張り出し、挙句の果てには目の前で大ゲンカまでして見せたことを、「悪ぃな」の一言であっさりと片づけると、なぜか「お詫びに酒をおごる」と言い出した。もちろん、サトルは丁重にお断りしたのだが、剛田が決めたことを断り切れるわけもなく、バスで駅前まで戻り、唯一、昼から酒が飲める三葉食堂に戻ってきたのだった。

 それからすでに四時間、やれ、どこそこの女がよかっただの、どこそこの誰をぶん殴っただのという剛田の武勇伝を聞かされながら、ビールを飲まされ続けている。

「ばあさんよう、大瓶三本追加な。あと、焼きギョーザ二枚」

「あ、あの、僕はもう、そんなに飲めませんし」

「気にすんなってセンセー。今日は、迷惑かけちまったからな」

「でも、もう結構な金額に」

 大丈夫だ、と笑いながら、剛田は背広の内ポケットから包みを取り出し、叩きつけるようにしてテーブルに置いた。水引のついた、白い祝儀袋だ。「御祝」と印刷されている。

「剛田さん、これは」

「ああ、今日の飲みシロだ。こんだけありゃ、ここの酒全部飲んでも釣りがくるだろ」

「これは、タイチくんの」

「いいんだよ、いいんだ。あの野郎が受け取らなかったんだからよ」

「でも」

「でももカカシもねえんだよ。こういうのはな、きれいさっぱり飲んじまったほうが縁起がいいってもんだ」

 剛田は、へらへらと薄い笑みを浮かべながら、またビールを飲み干し、手酌で注ぎ足した。そして、何かをごまかすように、おら飲め、と、サトルのコップにも、なみなみとビールを注ぐ。サトルはもはや、寝ないでいるのが精いっぱいで、ビールを口に運ぶ気が起きない。

 ろくに知りもしない人の正面に座って何時間も酒を飲みながらしゃべり続けることなど、人生で初めてのことだった。相手の視線に対する恐怖にサトルがへこたれるか、目を合わせようともしないサトルに相手が不信感を持つかで、話が続かないのが普通なのだ。それが、今日はどうしてだろう。なんだかんだいいつつも、会話は成立しているし、時間も共有している。

「いいかセンセー、男ってのはな、注がれた酒は飲まねえとだめなんだよ。俺はなあ、昔は一日に一升くらいはなあ」

 —そうか、一緒なんだ。

 サトルの脳裏に浮かんだのは、津田光庵の顔だった。目が悪く、視線が交わらない津田とは、動揺せずに正面を向いて会話をすることができた。剛田も、津田と一緒なのだ。一見、鋭い視線で相手を威圧しているように見えるが、実際は軽口と毒舌で人を煙(けむ)に巻いているだけで、目は絶えず左右に動き、一切合わせようとしていない。

 テーブルに置かれた祝儀袋が目に入る。短冊には、まるで子供が書いたような拙(つたな)い字で、剛田自身の名前が書かれていた。左上には、「奥村太一どの」と、これもギリギリ読めるかどうかという悪筆で宛名が記されている。袋のふくらみ方からも、中にはかなりの大金が入っているように思えた。軽口を叩いて奥村を怒らせる前に、祝儀袋を出し、おめでとう、と素直に言えていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。

 剛田という人間の本心はどこにあるのだろう。サトルは剛田の心を知りたい、と思っていた。運動会の日、奥村太一の心を覗きたいと思った時以来のことだ。能力を得てからは初めての気持ちだった。

「飲みます」

「おお、根性出すじゃねえか」

 目の前のコップに注がれたビールを、サトルは一気に飲み下した。とん、と音を立ててコップを置くと、急激に酒が回る感覚があった。そのまま、サトルは正面から剛田の顔を見た。アルコールのお陰で、目を見ることに対する恐怖感は幾分薄れている。

「剛田さん!」

 思いのほか、大きな声が出た。急に大声で名前を呼ばれた剛田が、驚いた様子でサトルを見る。視線が交わり、そして。

「な、なんだよ」

 剛田と目が合った瞬間、サトルの頭の中に剛田の思考が流れ込んできた。酒の酩酊感と、脳が攪拌(かくはん)されるような感覚が混ざって、とんでもなく目が回る。

「おい、どうした」

 剛田が、引きつった顔で、サトルの顔を覗き込んでいる。半ば意識が飛んでしまったサトルは、頭を左右に振って、眠気に抗う。

「剛田さん、あの」

「な、なんだよ、急に」

「手紙を、書きましょう」

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