綿矢りさが日常をひもとく手つきは、見とれるほどに美しい

2001年に17歳でデビューして以来、作家として16年を経た綿矢りささんの新境地となる短編集『意識のリボン』
後編では、綿矢さんが、どのように日常の「いま、ここ」を切り取って描くのか、じっくり話を聞きました。

綿矢りささんはおそらく、いちいち気になってしまうタチなんだろう。

「家族に抱く複雑な思いや、あの特別な安心感ってどこからくるのか」
「クラスメートとの関係性に、なんであれほど心を砕く?」

などなど。

日々暮らしていて、だれしも抱くちょっとした感情の起伏。一つひとつはささいなことだから、適当に受け流しておけば生活に支障はない。

けれどそれらが、どうにも引っかかる。つど立ち止まり、気持ちの揺れ具合を推し量って、ためつすがめつ観察したのち、ていねいに言葉へ置きかえてみなければ気が済まないんじゃないか。

そうやって集められた文章によって、綿矢りさ小説の核はできている。
新刊短編集『意識のリボン』では、そのしくみがあちらこちらで露わになっている。

たとえば、冒頭に掲載された『岩盤浴にて』という作品。


岩盤浴フロアのぶ厚いドアを開けると、密度の詰まった熱気が顔に押し寄せてきた。

『岩盤浴にて』より

語り手の「私」は、初めて訪れた浴場で「ひとり岩盤浴」に挑戦している。彼女は汗をかきながら、常連らしきふたり連れ主婦の会話に耳を傾ける。

主婦らは友達なのだろうけれど、どうにもパワーバランスが妙だ。ひとりは自慢話や何やらを、ひたすらしゃべり倒している。

「気が強くて自己愛も強いのがはっきりと表れている声だ」
もうひとりはといえば、「うなずくだけの相槌をくり返している」。

ああ、そういう組み合わせのふたりってよく見かける! 相手がなんでも黙って聞いてくれるのをいいことに、自説や自慢がどんどん高じていくのだ、しゃべり倒している側は。自分に関係はなくとも、傍で聞いているとなんだか嫌な気分になってくる。

よく観察しているものだなと感心してしまう。いびつなふたりの関係が、いったいどうして生じるんだろう。

 人の話していることは、いつもすごく気になってしまいます。
 書くための材料を探しているというよりは、もっとごく自然に聞き耳を立てている感じ。目は瞼を閉じればシャットダウンできるけど、耳は閉じられないから、ついずっと聞いてしまう。

綿矢りさはきっとそこに疑問を抱き、書くことによって探求をしている。


なんでああも、必死になれるのか。まるで恋みたいだ。

『岩盤浴にて』より

作中の、いびつなふたりに対する綿矢りさの探求は、なかなか粘り強い。図に乗ってしゃべり倒す側のいやらしさを書いて終わりとはならない。

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さまざまな女たちの視線から、世界を切り取った著者新境地の全八編の短編集。

意識のリボン

綿矢 りさ
集英社
2017-12-05

この連載について

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文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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コメント

Yanke73 久々に。 3年弱前 replyretweetfavorite

yohgoh 17歳の整形する以前の綿矢りさと結婚したかった。 3年弱前 replyretweetfavorite