父ちゃんはヤクザ

広島に赴任したNHKディレクター、伊集院さんは、保護司のかたわら自宅を開放してお腹を空かせた子どもたちに手料理をふるまう「ばっちゃん」(中本忠子さん)の存在を知り、取材をはじめます。ばっちゃんの家にご飯を食べに来る子どもたちの背景は複雑でした。親がアルコール中毒、クスリをやっている、刑務所に入っている、暴力をふるう……そうした状況が「普通」になってしまった子どもたち。しかし、ばっちゃんの家で、子どもたちは徐々に変わっていきます。


「普通」が置き換わっていく家

「ここで一緒に食べるじゃない。ご飯を。そうしたときに『こういうご飯の食べ方をしてみたかったんじゃ』って言うわけよ。『テレビなんかじゃよう見るけど俺はこういうふうにして食うたことないんよ』って言う子どもがおるわけね」

 ベッドの置かれた4畳半、こたつのある6畳の居間に小さな台所。3つの部屋はドアやふすまで仕切られておらず、何もかもが近い。これが中本さんの家だ。

 電話が鳴ればどこにいても気づくし、会話の内容も筒抜け。  
 ここに多いときには一度に10人ほどの子どもが訪れて、足の踏み場もないこともある。  
 しかし、子どもたちはこの家に来ると口々に「落ち着く」と言う。  
 この子どもたちが感じる「居心地の良さ」はどこから来るのか、最初の頃は不思議に思っていたが、通っているうちに、少しずつわかってきた部分もある。

 中本さんに「子どもの立ち直りには何が必要か」を聞いている時に「どんな子が難しいか」について語ってくれたことがある。  
 それによると、愛情をたっぷりと受けて育っている子が非行に走った場合は、たとえ中本さんであっても立ち直らせるのが難しいと感じているそうだ。  
 逆に、家庭で愛情を受けていない子は、そんなに難しくないらしい。愛情を注げばいいだけ、とのこと。愛情をかけたらかけただけ、子どもはどんどん変わっていくという。

 愛情を注ぐということだが、現場で見ていて、ことさら特別なことはしていないように思う。
「箸の持ち方を教える」「一緒にご飯を食べる」「会話する」「笑い合う」「悩みがあれば 聞いてあげる」。  
 そうめんをつゆにつけて食べることを知らない子どもには、食べ方を教えてやり、マヨネーズ以外の味付けを教えてあげる。

 部屋が狭いことが功を奏していると感じることもある。とりたてて大したことではない“何気ない音たち”が部屋に響き、心地良いのだ。

「トントントントン」小刻みに響くタマネギを切る音……
「コンッ、コンッ」と堅そうなニンジンを切る音……  
 フライパンに入れられた具材が「ジャー」と炒められる音……  
 ガス給湯器が「カチカチ」鳴る音……

 そして狭いからこそ、料理のいいにおいが部屋中に漂う。  
 子どもたちは、携帯を握り寝転がりながら、その音を聞いている。  
 表情は入って来た時とは別人のように、うっとりとしている。

 こうした中本さんの家の「普通」のことが、子どもがそれまで生きてきた中で培つちかった「普通」を塗り替えていく。
 そんな儀式が、日々、この家で行われているのだ。

「そりゃ人間、お腹が空いてごらんよ。落ち着きなさい言うたって、落ち着かんと思うよ。手作りいうのが一番いいんじゃないん。子どもらには。どんな荒れた子でも、おさまると思うよ。だって、それで、ウチ、皆、おさめてきたもん。子どもらをここで」

父ちゃんはヤクザ

包容力:人を寛大に受け入れる力(広辞苑)

 もしも“包容力”を測定できる器械があるとしたら、中本さんの数値はどんなものになっているだろうかと思うことがある。  
 しかも中本さんの場合、相手の子どもが不憫であればあるほど、置かれた状況が過酷であればあるほど、ギアを上げ、そのパワーを増幅させるのを何度も見てきた。

 中本さんの家に来る子どもたちの中には、親が暴力団組員である場合も少なくない。

 その1人、アツシと接するときは、度々包容力のギアを上げていた。

 アツシは小学校4年生の時、中本さんが暮らす基町の小学校に転校してきた。  
 すると校長先生から「力を貸してほしい」と中本さんのもとに相談があったという。
「とりあえずやってみましょう」と二つ返事で引き受け、アツシは中本さんの家に通うようになった。

 アツシの家庭状況は複雑だった。  
 両親が離婚後、母親のもとにいたが、その母親が覚せい剤の使用で逮捕されたため、一度は別れたはずの父親のもとで暮らすことになった。  
 父親は元暴力団の組員で、覚せい剤の影響で精神が不安定になり、精神安定剤を服用しながら療養していた。  
 そんな父親のこともアツシは慕っていたが、父親は子どもを育てられるような状態ではなかった。

 アツシは、同じような境遇の友達の家を転々と泊まり歩きながら生きていた。  
 お腹が空くと万引きし、この時、すでに何度も補導されていた。  
 詳しいことはあまり書けないのだが、とにかくアツシは暴力団関係者ととても近いところで生きていた。
「愛情を受けて育っていない子どもには愛情をかけさえすれば立ち直る」との信念を持つ中本さんでも、「暴力団」が絡むと、物事はそう簡単にはいかないと感じている。  
 暴力団は、追い込まれた者への誘惑が上手く、ある一定の人にとっては居場所となってしまう。そこから抜け出すのは容易ではない。

 実際、2011年10月2日付の産経新聞の記事で、単独インタビューに応じた山口組6代目、司忍組長はこのように語っている。

「われわれの子どもは今、みんないじめにあい、差別の対象になっている。われわれに人権がないといわれているのは知っているが、家族は別ではないか。このままでは将来的に第2の同和問題になると思っている」
「山口組を今、解散すれば、うんと治安は悪くなるだろう。3万、4万人といわれている組員、さらに50万人から60万人になるその家族や親戚はどうなるのか目に見えている。若い者は路頭に迷い、結局はほかの組に身を寄せるか、ギャングになるしかない」
「そもそもヤクザをしていて得なことはない。懲役とは隣り合わせだし、ときには生命の危険もある。それでも人が集まってくる。昔から言われることだが、この世界で救われる者がいるからだと思う。山口組には家庭環境に恵まれず、いわゆる落ちこぼれが多く、在日韓国、朝鮮人や被差別部落出身者も少なくない。こうした者に社会は冷たく、差別もなくなっていない」

 私は、決してこの主張を正当化したいのではないが、この記事を目にした時、中本さんの家に通う子どもたちの姿が目に浮かんできた。そのままだ、と感じるところもあった。  
 中本さんが暴力団と距離をとらせるのが「難しい」と感じる根底に何が横たわっているのか、少しだけ垣間見た気がした。

 アツシはその後2度少年院に入った。

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ばっちゃん ~子どもたちの居場所。広島のマザー・テレサ~

伊集院 要

「子どもはお腹がいっぱいになったら悪さはせん」  37年間にわたり、自宅を開放して子どもたちに手料理を振る舞いつづける女性がいます。子どもたちから「ばっちゃん」と慕われる、中本忠子さん(83歳)。2017年1月のNHKスペシ...もっと読む

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コメント

koropanda1 社会が包摂できないから受け皿コミュニティが必要とされる状況があるのよね 3年弱前 replyretweetfavorite

mamiet0425 「愛情をもらって育った子供が非行に走ると、更正が難しい」 そう感じる時はある。 【 3年弱前 replyretweetfavorite

g_nagano_d #スマートニュース 3年弱前 replyretweetfavorite

770125T 読んでいたら涙がこみ上げてきた。彼らこそが救われなけばならない。差別は絶対に駄目だ。人生を大きく狂わせてしまう。 3年弱前 replyretweetfavorite