泥で埋まった横穴の泥を掻き出すこと5年
霧穴を探検するようになって1年ぐらい経ったころから、地図を作るために測量をはじめた。約8年かけて測った結果、距離にして1キロ以上、深さは地下180メートルぐらいあることがわかった。
一般に日本における大洞窟の定義は「距離1キロ以上、深さ100メートル以上」とされているので、霧穴も晴れて大洞窟の仲間入りを果たすことができたわけだ。
記録を発表すると、ほかの洞窟探検グループから「霧穴に入りたい」という問い合わせが来るようになった。
しかし、霧穴のことをよく知らない人が入り、もし事故でも起こそうものなら、管理者のIさんに迷惑がかかってしまう。
そのため、当初から霧穴に入れるのはわれわれの洞窟探検チーム「JET」のメンバーだけという約束をしており、ほかのグループの入洞はすべて断っていた。それでも霧穴に入りたいという人がもしいれば、「JETに入ってください」「JETのメンバーになれば入れます」と勧誘した。
その後、現在に至るまでに霧穴では数え切れないほどの探検・調査を行ってきた。
最近では年に数回行く程度だが、最初の10年間は土日や連休など、すきあらば通っていた。メンバーが長い休みをとれる正月休みなどには、最長で11連泊したこともある。そんな努力の甲斐もあり、今では地下200メートル以上まで調査が進んでいる。
奥のほうでは何度も行き止まりに阻まれ、「こっちがダメなら、あっちの穴はどうだ?」「あっちがダメなら、こっちへ入ってみよう」と行ったり来たりを繰り返しながら、ジリジリと距離と深さを延ばしてきた。
床と天井の高さが20センチもなく、顔を横向きにして進むと、途中で顔の向きが変えられないほど狭い通路の通過を試みたこともあった。
そこは地下水が流れており、外でまとまった雨が降ると増水して、すぐに通路が水で埋まってしまうという条件の悪さ。そのため、調査ができるのは、天気予報の降水確率が0%で絶対に雨が降らないときか、雪が積もって水が流れない冬のシーズンだけ、とかなりの制約も受けていた。
実を言えば、その場所では、オレは最前線に出たことがなかった。通路の縦幅が自分の胸の厚さとほぼ同じで、無理に入ろうものならつっかえてしまい、動けなくなることが明らかだったからだ。 「吉田さんはうしろでサポートしててください」と言われ、その通路の探検は泣く泣くほかのメンバーに任せて、オレはサポートに徹していた。
増水時を避けてはいたが、その通路には常態でも地下水が流れていた。しかも、すこし進むと、通路の半分ぐらいの高さまで土が溜まっていることが発覚。奥に抜けるためにはその土を掻き出さなければならなかったのだが、その作業が一筋縄ではいかなかった。
まず通路内で土掻き作業をするメンバーは、いくら体がオレよりも小さいとはいえ、もともとが狭い場所なので、一度通路に入ってしまうと手足を横に動かす以外はほとんど身動きが取れない。
しかも、顔を下に向けた状態では前が見えないので、横を向くような体勢にならざるを得ないのだが、通路内では頭がつっかえて首を回すことができず、ずっと横を向いたままで作業をしなければならなかったのだ。
また、通路内を奥へ奥へと流れる地下水の問題もあった。
土を掻き出して掘り進めていくと、地下水の一部がその穴に流れ込み、泥水がどんどん溜まるようになってしまったのだ。
結果、最前線のメンバーは片目と片耳が水没(前述したように、顔を横に向けて作業をしていたため)。水面のギリギリ上に出ている口と鼻で何とか呼吸をしながら、苦しい作業を強いられることになった。
当然、土掻き作業はまったくはかどらず、1年目のシーズンは終了。みんなで「来年頑張ろうな」と再チャレンジを誓い合うが、翌年来てみたら、悲しいかな、前年掘った穴はきれいに埋まっていた。
最前線のメンバーは全身&顔半分が泥まみれになりながら、身動きがほとんどとれない窮屈な体勢のまま奥に溜まっている土を掻き、ソリに載せる。
後方にいるサポートメンバー(オレ)は、土がいっぱいになったらソリを引き出し、バケツに移したあと、空になったソリをふたたび通路の奥へと送る。
狭い通路の手前は縦穴になっており、縦穴の上にいるメンバーがバケツを引き上げて、土を広い場所に捨てる。そんな作業を洞窟に入っている間中、延々と繰り返していた。
その狭い通路での土掻きを結局5年間ぐらい続けただろうか……。思えば、気が遠くなるような作業だった。
では、その結果はどうだったのか?
「5年もかけたんだから、きっとその狭い通路を通り抜けたに違いない」と読者のみなさんは思うかもしれない。オレたちもそうあってほしかった。
しかし、現実はそうじゃない。
狭い通路の近くにちょっと気になる穴があって、何度か通ろうと試みたのだが、あまりにも狭かったので、当初オレたちは「ここは無理だな」と決めつけてしまっていた。
ところが、土掻き5年目のときのメンバーは細い人ばかりだったため、その小さな穴に体を突っ込んで進むことができ、知らないうちに「掘って行けなかった先の空間」に抜けてしまったのだ。
「いったいオレたちの5年間は何だったんだ……」
嬉しいやら、悲しいやらの複雑な気分だったことは言うまでもない。
そんな苦労を重ねながら奥へ奥へと進んでいくにつれて、今度は「ベースキャンプまで戻るのは面倒だな」ということになり、洞窟の奥のほうにもうひとつ拠点を作ることにした。
第2ベースキャンプ設置の落とし穴
ちょうどテントをひとつ張れるぐらいの平らな場所も見つかり、そこを第2キャンプとした。第2キャンプは、ベースキャンプほど快適ではなかったものの、食事をしたり、寝泊まりしたりする分には十分な空間だった。
「いい場所が見つかってよかったな」
テントに泊まりながら、オレたちはそんなことを話していた。
ところがだ。
あとあとになって、その第2キャンプは、実はとんでもない場所であることが判明した。
第2キャンプにはじめて寝泊まりした、その翌年のこと。キャンプがある場所まで行ってみると、前回整理して残しておいたはずのテントやマット、ストーブのヘッドやガス缶などが跡形もなくなっていた。
「いったいどこに行ったんだ?」
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