エピローグ〜また何かヘマしてくれないかな?この子〜

二つの事件は終息し、刑事部長のお見舞いに来た海月と設楽。凸凹コンビの今後はーー。
テレビドラマ化もした人気の警察小説シリーズ、大ヒットした第1弾を全文公開、ついに最終回! 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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エピローグ


 結果として、死者は一人も出なかった。

 生田の銃創は動脈を外れており、また五十畑浩二も眼球を傷つけられたものの、失明の危険はないとのことだった。刑事部長は重傷で救急病院に搬送されたが、こちらも命に別状はないらしい。

 生田の逮捕後もヘリは日比谷公園の上空で旋回を続けていた。野外音楽堂の観客は避難開始から十分でそのことに気付き、一度はパニックになりかけたものの、転んだことによる軽傷者一名を出しただけで、無事に避難を終えた。旋回を続けていたラジコンヘリは操作方法が分からず、結局、日比谷公園周辺からすべての人間を退去させた後、ヘリからの狙撃で撃墜し、地上で待機していたN B Cテロ対応専門部隊がサイロームを処理した。ヘリに積まれていたサイロームはかなりの部分が不活化していたそうだが、それでも処理中にガスが漏れ出した際には付近を歩いていたハトが苦しみだした、とのことであり、サイローム捜索に参加した捜査員たちは今更ながらに事件の重大性を思い知らされることになった。ちなみに、石田弘樹には生田逮捕後すぐに連絡がついた。山に行っていたというのは本当だったらしい。

 その少し後に、西東京署に留置されていた久保は、誤認逮捕であるとの発表とともに釈放された。誤認逮捕の汚名を日比谷公園での活躍の陰に隠してしまおうという姑息なタイミングだったが、それまでの捜査状況と誤認逮捕に至った理由をマスコミに詳細に説明する、という方針が功を奏したらしく、警察に対する批判の声は少数で、それよりずっと多くの賞賛の声が寄せられたらしい。五十畑浩二及び生田信也という二人の犯人が逮捕され、西東京市連続放火事件と糀谷公園女子大学院生殺害事件は、同時に幕を閉じた。この二人の動機を考える限り、裁判ではマスコミを意識していろいろと主張することが予想されたが、五十畑も生田も、V D構想については口に出さない、と納得しているらしい。二つの事件は裁判員裁判となる予定であり、二人の量刑がどうなるかは、あまり詳しくは予想ができなかった。

 送検の後、西東京と糀谷の特捜本部は解散した。俺たちは本部捜査員と一緒になって宴会に参加したが、逮捕直前のあれこれについては口に出す人がいなかったため、海月の言っていた俺たちの「活躍」がどの程度皆に伝わっているのかは、分からないままだった。


 吊っていない右手で病室のドアを叩くと、越前刑事部長のいつもの、はい、という軽い返事があった。ドアを開けると、刑事部長は読んでいた本にしおりを挟んで横に置き、こちらを見た。「おっ、千波ちゃんにあと一人……何だっけ君」

「設楽であります」

「ああそうだった。北田きただ君だ」

 設楽ですが。

 さすがに刑事部長ともなると扱いが違うらしい。白基調の病室は広く清潔で、広くとられた窓からは明るい陽が差し込み、外には東京の街並みが見渡せた。刑事部長が入院しているのはこの病院で一番いい病室なのかもしれない。

「越前さん、具合はいかがですか?」

 海月が見舞いの花と花器を持ってぱたぱたとベッドに近づく。俺もその後ろに立った。

「昨日からリハビリでね」刑事部長はにやにやした。「まあ、名誉の負傷だからね。いい病室貰ったし、悪くない」

 あそこで無理して自分で手錠をかけようとしなければもう少し傷も軽かっただろうに、よくやる人だ。

 海月が提げてきた器と花を出して何やら本格的なフラワーアレンジメントを始めたので、俺はとりあえず、今回の事件の処理状況を伝えた。業務上の正式な連絡役は他にいるし、事件の後処理は捜査一課長が中心になっているからあえて報告する必要もないのだが、やはり耳に入れておきたい、という気にはなる。

「……という状況でして、二係は現在待機番です。海月警部もまだ、二係所属なのですが」

 横の海月を見るが、彼女はぶつぶつ言いながら持ってきたチューリップやらマーガレットやらのバランスを整えるのに夢中で、名前が出ても振り向きもしない。

 俺は彼女に構わず、気になっていたことを訊いた。

「それで、海月警部なのですが、このまま二係所属ということになるのでしょうか? V D構想の話からしますと……」

 刑事部長は答えた。

「V D発足までの道のりはまだまだ険しいよ。テストケースとしての実績は、課内各所であげてもらわないとね。……ああ、一応言っとくけどこの話、他言無用ね?」

「心得ております」俺は敬礼し、横の海月をちらりと見た。「では、いずれよそに?」

「V Dが活躍できそうないい事件がよそで起こったら、そっちに移すつもりなんだけどね」刑事部長は天井を見ながら言った。「でも移す口実が問題なんだよね。また何かヘマしてくれないかな? この子」

 そんなことを期待されるキャリアなど聞いたことがない。だが俺は小声で言った。「……まあ、この方なら普通にやっていれば、遠からず自然に」

「だろうね。この子はヘマ専門の人間として神様がお作りになった子だから」

 刑事部長は平然とひどいことを言った。海月の方は気付きもせずに、ぶつぶつ言いながら夢中で花を活けている。「……本当はフリージアがいいのですけど、病室ですから仕方がありませんよね……」

 とすると、どうやら彼女とのコンビは今回限りのようだ。俺は軽く息を吐いた。

 が、越前刑事部長はそんな俺を見ると、にやりと笑った。

「言っとくけど、その時は君も一緒に行くんだからね」

「は」

「は、じゃないよ」刑事部長はベッドの横に置いた本を、ぽん、と叩いた。「今のところ仮想V Dとして動けるのは千波ちゃんと君だけなんだから、サボっちゃいけないでしょ」

「は、しかし」俺はそのV Dとやらについては全く聞いてなかったのだが。

「ああ正式にはまだ伝えていなかったかな。仮想V Dの指揮官は海月警部。で、課員は今のところ君だけ」

「……私が?」

「君のことは千波ちゃんから報告を受けてるよ。仮想V Dの、構成員としての資質は充分だろう」刑事部長は俺を見た。「ま、この子のたっての希望でもあってね。君はV D発足まで、この子のサポートをしてもらう」

 俺は言葉が見つからなかった。海月が俺を推薦したというのか。

 海月を見る。だが当人はというと、刑事部長に指さされているのも気付かぬ様子で花を活けている。「……ここでカスミソウです。うふふ。可愛いですねえ……」何か笑っている。

「というわけで、君は名目上、経験不足の海月警部のお目付け役として、一緒に他部署に飛ばされてもらう、けど……」刑事部長は口を尖らせて俺を見上げた。「不満?」

「いえ、滅相もありません」俺は背筋を伸ばして敬礼した。「拝命します」

 敬礼しながら考えていた。どうやら俺はもう、刑事としての普通のコースは歩めないらしい。

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Kawade_shobo 【更新しました。本日最終回!】 3年弱前 replyretweetfavorite