隠れていた協力者「貴様ら警察は、無能なクズだ」

毒ガスを運ぶラジコンヘリ、警察は犯人の乗る車を発見。しかし運転席にいたのはーー。
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 海月の喉元に突きつけられたサバイバルナイフの刃は、根元近くまで血液で赤く染まっていた。刺された刑事部長は左脇腹を押さえて膝をついている。その手の周辺がみるみる赤く染まってゆく。五十畑浩二は顔面を切り裂かれたらしく、両手で顔を覆ってうずくまっている。

 その男は、俺のよく知っている男だった。小柄でダウンジャケットを着た、普段はにこにこして愛想よく動き回る男。

「生田さん……」

 署の食堂にずかずか入っては喋り倒して帰ってゆく、「S 1 S」編集部の記者、生田だった。

 俺はなぜ彼がここにいるのか分からなかった。だがとにかく、銃を構え直す。

「生田、武器を捨てろ!」

「撃ってみろ。この女に当たるぞ!」

 俺は動けなくなった。生田は海月を背後から掴まえている。撃てば彼女に当たってしまう。

 生田は海月を掴まえたまま移動し、ワゴン車の前に立った。刑事部長は苦しそうに顔を上げ、それを見ていた。五十畑浩二はうずくまって呻いている。

「生田さん、正気か? 何をやってる?」

 なぜここに彼がいるのだ。なぜ刑事部長を刺し、海月にナイフを突きつけている? 何も分からない。

 だが、五十畑浩二が呻きながら漏らした。「生田さん、なぜ……」

 生田はそちらを見て、蔑むように目を細めた。「あんたがこうまでお人好しだとは知らなかったよ。それに馬鹿だ。越前ごときのペテンに引っかかりやがって。危うく、ここまでやってきたことが台無しになるところだったじゃないか」

 生田は五十畑浩二にそう言った。どういうことなのだろう。なぜ二人が会話をしているのだ。

 だが、俺の中でその瞬間、さっき感じていた据わりの悪さが正体を現した。

 五十畑浩二の話には、奇妙な点があった。五十畑浩二は幸生の遺体を見つけて彼の犯罪を引き継いだ、と言ったが、幸生は事故で突然死したのだ。大阪にいた五十畑浩二は、幸生が死んでいることをどうやって知ったのだろうか? 東京を忌み嫌っていた浩二がたまたま大阪から訪ねてきていた、というわけがないし、そもそもそれでは幸生の部屋の鍵をどうやって開けたというのだろう。五十畑浩二が警察より先に息子の遺体と対面するためには、幸生の死を彼に知らせ、大阪から呼び寄せて対面させたもう一人、、、、の存在がいたと考える方がはるかに自然だ。つまり、五十畑幸生の協力者が。

 高宮刑事の報告にあった。五十畑幸生宅の近所に住む主婦が、「このあたりでは見かけない」ような男を目撃しているというのだ。共犯者がいて、五十畑幸生の死亡時、あるいはその直後に彼を訪ねていたなら、その点にも説明がつく。

 だが、その共犯者が生田だ、ということがどうしても分からない。生田がなぜ五十畑幸生の犯罪に協力していたのだろう。警察マニア向けの専門誌「S 1 S」の記者をしているほどの男が、警察に敵対していたというのだろうか。

「生田さん」俺は拳銃の狙いをつけながら訊いた。「あんた、自分が何をやってるか分かってるのか? なぜ五十畑を知っている。五十畑幸生とも知り合いだったのか?」

「事情があってね。七年前の事件を調べている過程で、五十畑幸生と知り合った。元の職場から『S 1 S』に移ったのは、その後さ」生田は瞬間的に顔をしかめた。「反吐へどが出る仕事だったよ。貴様ら警察を、ヒーローみたいに勘違いしている馬鹿どもに合わせた記事を書くのはね」

「な……」

 信じられない。俺が知っている生田は、警察関係者と会うと無条件で頬が緩む男だったはずだ。

「だが、おかげでよく分かったよ。調べれば調べるほど分かった。貴様ら警察は、無能なクズだ」

「なんだと……?」

「片手でそいつを構えるのは疲れるだろう。下ろしたらどうだ」生田は俺を見て、余裕で口元を歪める。「設楽君。君は警察官にしちゃまともだ。敵にしたくはない」

「あんたが、なぜ警察を……?」

「無能だからさ」生田は言い放った。「五十畑が言った通りさ。お前ら警察は七年前、無関係の健太君を小突き回して死なせた癖に、真犯人は逃がして野放しにした。その結果何が起こったか、知りもしない」

 刑事部長が顔を上げて生田を見た。生田は目をむいて刑事部長を見下ろした。

「五十畑健太が自殺した結果、真犯人は何の罰も受けずに野放しにされた。それでもさすがに二年間はおとなしくしていたようだがな」

 二年間は、という言葉が出てきて、俺の脳裏に冷たいものが走った。……まさか。

「……だが、それだけだ。事件になろうが何だろうが、クズは所詮クズだ。二年後、奴はまたやった。貴様ら警察は、この責任をどう取るつもりだ?」

「事件は、まだ」

 掴まえられたまま言おうとした海月は、喉にナイフの刃を押し当てられて沈黙した。「黙れ」

 海月は無表情で動きを止めた。生田は彼女の喉にナイフを押しつけたまま、言った。

「お前らは、自分たちの間違いを認めるのが嫌で、真犯人がほかにいる可能性を最後まで口に出さなかった。そのせいで世間では、事件はもう終わったものと思われた」

 生田は目をむいて刑事部長を睨んだ。「後任は貴様なんだろう。なぜ言わなかった? 犯人がまだあの地域にいる可能性があることを。それさえ知っていれば……」

 生田の表情に後悔の色が浮かんだ。彼の目が過去の何かを見ていることに気付いた俺は、ようやく事情を察することができた。

 俺の横で、呆然とした様子の古森さんが口を開いた。「生田さん、まさか、あんたの……」

「五年前、娘は八つだった。泣きながら帰ってきたそうだ。脚に血を流して……」生田の視線が地面に落ち、声が震えた。「あの日だけだった。あの日だけたまたま、一人で……。うちはあの現場の近所だったんだ。犯人がまだ生きていると知っていたら、引っ越していたかもしれないし、少なくともちゃんと、いつも通りに……」

 生田が叫んだ。

「犯人が娑婆しゃばにいると、なぜ認めなかった? それさえ聞いていたら、たとえ五分の距離でも、あの子を一人で帰ってこさせたりはしなかったんだ」

「まさか……」

「顔に痣のある男にやられたと、そう言っていた。貴様らが野放しにした真犯人だ!」

 俺の横で、ざり、と音がした。脱力した様子の古森さんが腕をだらりと下げたまま、地面にまた両膝をついていた。

「貴様らは無能だ。無能なくせに面子ばかり気にして、俺たちの安全などどうでもいいんだ。V D構想だと? 笑わせるな! 警察が、自分たちの間違いを前提にした組織など作るはずがないだろう。そんなものは妄想だ!」

 海月が何か言おうとし、ナイフの刃が動いてまた顔をしかめた。

 生田は周囲に響かせるように言う。「今回の事件だってそうだ。『共犯者を追跡中』だと? ふざけた発表をしやがって。なぜすぐに『久保は誤認逮捕だった』と言わない? 自分たちの面子が大事だからだろう?」

 確かに、耳の痛いことだった。久保はサイローム発見の時点で容疑が晴れているのだ。なのに、警察はまだ彼を勾留こうりゅうしている。だが。

 俺は深く息を吸い込んだ。生田の言うことは、確かに当たっている。だがそれと、目の前の殺人未遂犯を逃がすことは別問題だ。日比谷公園の三千人と、目の前の海月を助けなければならないことには、何の変わりもないのだ。

 生田は俺に向かって呼びかけた。「設楽君、いいかげん銃を下ろしたらどうだ。疲れただろう? 正義の味方のポーズはもう充分だ」

「ふざけるな」俺は肩に力を入れ、銃を構え直した。「海月を離せ。発砲するぞ!」

「撃てもせんくせに恰好をつけるな。この女が何者か忘れたのか? キャリア様だぞ。下っ端の君がこの女を危険にさらすような行動をとれば、捜一からも本庁からも飛ばされる。永久に出世はできんぞ」

「俺が今考えているのは、あんたを確保することだけだ」

 生田は、ふん、と笑った。「……職務熱心なことだ。それなら、君には一つ、チャンスをやるよ。俺がこれから言うことをやったなら、この女は解放してやる」

「なに?」

「簡単なことさ」生田は視線を目の前の地面に向けた。「そこに落ちてるリモコンを拾って、電池を入れ直せ。それから左上のキーを二度押すんだ。それだけでいい」

 俺は生田の視線が捉えているリモコンを見て、それからまた生田に狙いをつけた。

「ふざけるな。まだ日比谷公園の避難が済んでいない」

「俺はキーを二度押せ、と言っただけさ。ヘリを落とせ、とは言っていない」生田は薄笑いを浮かべた。「じゃあ、これでどうだい? 実はなあ、俺が今言った操作をすると、ヘリは自動旋回をやめ、この車のところに着陸するんだ。そういうことで、、、、、、、どうだ?」

「出鱈目を言うな。引っかかるとでも思ったのか?」

「引っかけてなどいないさ。じゃあ、これではどうだ?」生田は笑っている。「そのスイッチを押したのは俺、ということにしようじゃないか。殺人犯は俺だけ。君はそれを制止しようとして間にあわなかったんだ。それならどうだい?」

 生田は目を輝かせていた。素晴らしいことを思いついた、と言いたげだった。

 だが俺には理解できなかった。「何を言ってる……?」

「君の責任をなくしてやる、と言ってるんだ。それならいいだろう? 早くそいつを拾いたまえ。この女が死んでもいいのか?」

 海月がまた動こうとし、腕を固められた。ナイフを持つ生田の腕に力が入り、海月の首筋からさらに血が流れたのが見えた。

「どうした。何を躊躇ためらうことがある?」生田は爽快でたまらない、といった顔で喉を震わせ、声なく笑った。「ちょっとばかし市民が死ぬだけじゃないか。警察は全力を尽くしたんだから、面子に傷はつかんだろう? それともこのキャリア様を死なせるのがいいのかい?」

「そんな話に乗ると思うか」片手で構え続けていたため、腕が張ってきている。だが俺は照準をつけ直した。「捜査員が人質に取られたからといって、市民三千人を殺す? 笑わせるな。俺は警察官だ」

 海月と目があって、言い直した。「……俺たちは、警察官だ」

「臭い芝居はいいと言っているだろう。恰好をつけるな」生田は鬱陶しそうに声を荒らげた。「どうせ貴様には、キャリア様を危険にさらすことはできん。俺はよく知っている。警察ってのは所詮、身内が一番可愛いんだ!」

 生田はもう一度、早くしろ、と言った。勝ち誇っていた。撃てるはずがない、と確信しているのだ。

 俺は、さあ撃ってみろ、という顔でにやつく生田の後方を見た。生田が背にしているのは、ガラスの割れた白いワゴン車。そして、そのさらに後方にそびえるのは、不恰好なアンテナを上に載せた、飾り気のない、無粋な……。

 ……警視庁本部庁舎、だった。

「設楽君、君は警察官だろう? 警察の常識に忠実でありたまえ。君は勤続何年だ? 何を優先すべきかぐらい、分かっているだろう」

「分かっている」俺は答えた。「第一に優先すべきは、市民の安全だ」

 右手の力が抜けてきている。俺は歯を食いしばり、拳銃のグリップを握り直した。

「最後にもう一度だけ警告する。生田、武器を捨てて海月を離せ。でなければ射殺する」

 大声でそう宣言しても、生田は全く動じなかった。

「不可能だ。撃てばこの女に当たるぞ。それとも、その距離から俺の頭部だけを精密射撃する、とでも言うのか? できるものならやってみるがいい。七メートルは離れているぞ?ニューナンブM60そんな銃で、しかも片手撃ちで、やれるものならやってみろ」

「確かに、精密射撃は無理だ」俺は足の位置をずらし、体のバランスを整えた。「だから海月ごと撃つ。弾丸は海月の体を貫通し、貴様の体内で止まる。止まる前に骨に跳ね返って暴れ回り、貴様の臓器をぐちゃぐちゃに破壊してから、な」

 古森さんが、膝をついたままこちらを見た。「おい、君……」

 俺は構わず、生田に言った。「残念だが脚を狙って撃つのは不可能だ。しっかり体幹を狙わせてもらう」

 海月と目があった。首筋の傷から赤い血をしたたらせながら、海月はじっと、こちらを見ていた。三千人を犠牲にすることはできないし、生田を逃がすこともできない。この程度のリスクが仕方のないことだというのは、彼女も分かっているようだった。彼女の目には恐怖は全くなかった。

「撃ってください。設楽巡査」海月は言った。「捜査員の安全を優先して、被疑者を逃がすことはできません」

「了解」

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WONG_KAIKO 「戦力外捜査官 姫デカ海月千波」だね( ̄▽ ̄) 3年弱前 replyretweetfavorite

Kawade_shobo 【連載更新しました。終了間近!】 3年弱前 replyretweetfavorite