……まさか、こいつが?「戦力外捜査官」の本当の意味とは

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 古森さんはそこで初めて頭を上げ、刑事部長を見た。

 五十畑もいぶかしむ顔になった。「何を言ってる……?」

 しかし、刑事部長は続けた。

「警察では現在、あの事件の反省を踏まえ、ある計画が進められています。冤罪を未然に防ぐため、ソフト面だけでなくハード面も改革する計画が」

 何の話だ、と一番反応したのは、おそらく俺だっただろう。刑事部長は一体、何を言いだすのだろう。だが隣の海月を見ると、彼女は意外そうな表情一つ見せず、黙って前を見ている。

「まだ公にはなっておらず、私を含めた部長クラスとその下で詰めている段階ですが」

「何の話や」

「通称VDVerification Division構想。日本語で言うと、捜査検証課構想……といったところですね」刑事部長は凶悪犯に対峙しているとは思えない、ビジネスライクな口調で言った。「読んで字のごとく、刑事部の下に、捜査各課の捜査結果を検証して、別方向からの捜査をする独立した課を創設します。V Dは捜査本部設置事件において立証が疑わしい状況が発生した場合、刑事部長、各捜査課長の他、管理官や係長クラスの人間からでも要請があれば出動し、捜査本部とは別の線がないかを検証する任務を帯びます」

「正気か?」

「無論です。まだ極秘事項ですが、私は現在、これの創設のために動いています」

「違う。話の内容やない。そんなアホらしい作り話を、俺が信じるかもしれんと思ってるあんたが正気とは思えんのや」

 正直に言えば俺も、五十畑浩二と似たような感想を抱いていた。作り話にしても出来が悪すぎる。出来が悪すぎて、五十畑を刺激するというよりは呆れさせる可能性が高いが、あるいは、それを狙ってのことなのだろうか。刑事部長は何を考えているのだ。

 だが刑事部長の声には、少しも動揺した雰囲気がなかった。

「私の話を聞いてどうするかはあなたが決めてほしい。だがV D構想は現実のものです。すでにテストケースが動いていることは、ここにいる捜査員を見れば分かるでしょう」

 ここにいる捜査員、と言われて、俺は思わず周囲を見回した。さっきの命令がすでに実行されているらしく、付近にいるのは越前刑事部長と俺、それに古森さんと海月だけだ。その古森さんは地面に膝をついたまま、わけがわからない、という顔で刑事部長を見ている。

 だが海月の方は、なんとなくばつが悪そうな顔で俺に頷きかけた。

 ……まさか、こいつが?

「二月一日、西東京市連続放火事件に捜査本部が立ちましたが、捜査一課長から事件内容の報告を聞いて、私はV Dのテストケースにこの事件を選びました。かねてより、V Dが活躍できそうな、王道的な見立てで解決できるように見えながら、妙に捜査が難航している、という事件があったら報告するようにと、彼には言っていましたからね。それで、私は彼女をここに派遣した。もちろん現段階では極秘の計画なので、表向きは二係の増員、という形式ですが」

 刑事部長はすらすらと話す。それを聞いているうちに俺は、この話がホラ話なのか事実なのか分からなくなってきてしまった。越前刑事部長なら、アドリブでこのくらいの話は作れるだろう。だが現実に海月がなぜ捜一に来たのかは分からなかったし、「S 1 S」の記者である生田いくたさんから聞いたところでは、そこに刑事部長の意向があったことも確かなのだ。

 再び海月を見る。もしかして彼女は本当に、最初からV Dとして捜査本部に参加していたのだろうか? そういえば彼女は俺に「捜査一課にいなくてはならない」と言った。辞めたいのかと訊いた時も「嫌です」ではなく「できません」と答えた。あれは本当に、文字通り「自分の意思では辞められない」という意味だったのだろうか?

「五十畑さん」海月が五十畑に呼びかけた。「わたしのような者が捜査一課に加わっているのを、おかしいとは思いませんでしたか?」

 五十畑も眉をひそめた。確かに彼女の外見は、なぜ捜査一課にこんな人間がいるのだ、という疑問を問答無用で抱かせるものなのだ。

「わたしは課員ではなくて、最初から、V Dとして事件に関わっていました。現実の事件においてV Dがどういう形で捜査に加わるのが有効なのかを検証し、また、V D構想が警視庁内で公になる以前に、その有効性について既成事実を作っておく──これがわたしの任務です。先に実績を知らしめ、あれが実はV Dのテストケースだった、と後で分かれば、現場もV Dの有効性について、認めざるを得ませんから」

「ちょ、ちょっと警部。それ、もしかして本当の話ですか?」

 まさか、と思ってうろたえる俺に対し、海月はすまなそうな顔で頷いた。「もちろんです。……設楽さんには、もっと前にお話ししておこうと思ったのですけれど」

「じゃあ、会議でいきなり変なこと言ったのも……」

「変ではないですよう」海月は頬を膨らませた。「V Dの立場から見た、常識的な意見です」

「もしかして、木から落ちて戦力外扱いされたのも……」

「それは、別に」海月は一旦恥ずかしそうに目を伏せたが、すぐに俺を見上げた。「ですけど、あの後、わたしたちを単独遊軍捜査班にするよう指示したのは、越前さんです」

 俺は刑事部長を見た。刑事部長はそ知らぬ顔で目をそらした。

「じゃあ、まさか本当にその、V D構想って……」

 だが、思い返してみれば確かにあの人事はおかしかった。ヘマをした人間を戦力外として外すなら、普通はどこかに飛ばすか、どうでもいい仕事を与えるだろう。勝手にやっておけ、などと言って放り出したら、どこでまたヘマをしてくるか分かったものではない。逆効果になってしまう。

「おかげで、わたしたちは何の支障もなくV Dとしての捜査活動ができました。越前さんの指示がなければ、今回のようにうまくいくこともなかったはずです」

「お前ら、いいかげんにしろ」五十畑が声を上げた。「ぐちゃぐちゃわけのわからん小芝居して、それで俺が本当に、そんな話を信じるとでも思ったか」

「信じていただけるかどうかは分かりません。でも、事実です」海月が言った。「ですから、お願いなのです。リモコンを捨ててください。越前刑事部長は警視庁側での、V D構想の提唱者なのです。ここでこの方が失敗してしまえば、V Dの発足は二十年後に……いえ、永遠になくなってしまうかもしれないのです」

「ふざけるな。都合のいいこと言いよって。出鱈目も大概にせえ」

「事実です」海月は胸に手をあてて、半歩前へ出た。「警視庁だけではありません。V D構想は取調の可視化に始まった警察改革の一環で、警視庁だけでなく警察庁そのものが関わり、検察庁も交えて始めた一大プロジェクトなのです。警視庁で導入されれば警察庁を通じて他の道府県警も追随するよう促して、全国的なスタンダードにするはずです」

「そんな、マンガみたいな話が信じられるか!」

「警視庁内での推進派のトップは私ですが」刑事部長が言った。「総監・副総監にも打診中です。警察庁では刑事局長と刑事企画課長、検察では最高検の斎川さいかわ検事長と高検の梅木検事正が推進派の中核として動いています。冤罪防止や起訴率・有罪率向上の観点から、むしろ検察が乗り気ですよ。検事総長からも好感触を得ています」

 五十畑の顔に怒気が現れた。最初は下手なホラ話として聞き流していられたが、自分を本気でペテンにかけようとしている、とでも感じて腹が立ってきたのだろう。

 だが刑事部長は自信に満ちた顔でポケットを探り、携帯を出した。

「お疑いなら、この電話で今挙げた誰かに訊いてみていただいても結構です。あるいは、メールを見ていただきましょうか。梅木さんとのやりとりは基本的に、V D構想のことです。まだ保存されている」

 五十畑浩二は動かず、しかし少しだけ圧されているようにあとじさった。それに対し刑事部長は自信に満ちた表情で携帯を差し出す。

 俺はすでに納得していた。五十畑もそうせざるを得ないはずだった。梅木検事正の名前は知っている。越前刑事部長が何かをしようとしている、という話も生田さんから聞いた。やはりこの話は本当なのだ。そして、だからこそ刑事部長は最前、周囲から捜査員を遠ざけた。

 刑事部長はメール画面を表示させた携帯を、五十畑に向かって無造作に放った。五十畑は刑事部長との間合いを見ながら慎重に受け取り、ちらちらと視線を上げながら携帯を操作し、メールを読んでいた。

 やがて五十畑が顔を上げた。

「あんた、正気か……?」

「正気に戻されたのです。あなたの息子さんの力で」刑事部長の顔に初めて、少しだけ懇願するような表情が浮かんだ。「警察は変わろうとしています。冤罪は、警察だって望むところではないのです」

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Kawade_shobo 【連載更新しました。終了間近!】 3年弱前 replyretweetfavorite