目は口ほどにものを言う
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目を覚ますと、天井から吊り下げられた、四角い電灯のシルエットがぼんやりと見えた。いまいちクーラーの利かない部屋は、むしむしとしていて、居心地が悪い。ぼやける目をこすりながら、寺松覚(さとる)は遮光カーテンを開けた。
外の世界は、もうあと少しで昼時だ。電車の音が聞こえる。往来を走る車も見える。時計の針に従って、人間は今日も整然と生きている。多くの人がくるくると回りながら社会を動かしているのに、サトルは、部屋に籠ったまま、何もしない。何も生み出さない。
太陽が雲の陰に入ると、窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。思春期の頃、同級生たちにからかわれてから、ぎょろりと大きな目は、サトルにとってコンプレックスだ。サトルはため息をつくと、再びカーテンを閉め、布団の上に座り込んだ。空がまぶしいほど、自分はなんの役にも立たずにただ生きている、という罪悪感が募ってしまう。
部屋の外から、とんとん、という不器用な足音が聞こえてきた。母親が階段を上がってきているのだろう。下の階は、両親が営む、「三葉(みつば)食堂」という名の定食屋だ。毎日、十一時半の開店時間の少し前に父がまかないを作り、母がサトルの部屋まで持ってきてくれる。
サトルが、二十年勤めた教員の仕事を辞めたのは、二年ほど前のことだ。それまでは、地元の小学校で教壇に立っていたのだが、急にメンタル面の不調が出てしまい、退職せざるを得なくなった。以来、自宅の一室に引きこもり、高齢の両親に養われる毎日だ。再就職をしなければと思うのだが、どうしても、外に出る勇気が湧かない。
「ほら、あんた、ご飯ここ置くよ」
母親は、薄暗い部屋の真ん中にぽつんと置かれた小さなこたつテーブルにお盆を置くと、今日は天気がいいよ、と、なんでもない一言を呟く。お盆には、盛りのいいごはんとスープ、豚もやし炒めが並べられていた。
サトルは、両親とほとんど会話をしない。本当は、ごめん、ありがとう、と伝えたいのだが、どうしても言葉にはできなかった。サトルが自宅に引きこもっていても、両親は、働け、とも、出て行け、とも言わない。だからこそ、本心は知りたくなかった。両親にお荷物だと思われていたら、気持ち的に、ここにいることはできなくなるだろう。けれど、今は一人で生きていく力が、サトルにはない。現実から目を背けなければ、生きていけないのだ。
「ちゃんと、全部食べなさいねえ」
「うん」
人の目を見るのは、怖い。どんなに上辺の言葉で取り繕っても、どれほど表情をごまかしても、目は、胸の中にとどめている思いを、饒舌(じょうぜつ)に語ってしまう。
目は、口ほどにものを言うのだ。
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