村上春樹の読み方『1973年のピンボール』前編

村上春樹の小説をfinalventさんが初期作から読み返す試み。2作品目は『1973年のピンボール』(講談社文庫)。『風の歌を聴け』評前編で指摘されたように、今作も英米圏では翻訳されず、国内においても少し地味な立ち位置にあります。しかしながら、今作もまた、現在の村上春樹を考える上で、重要な要素を持った作品であることをfinalventさんが解き明かします。

主題を問われてこなかった小説

 村上春樹の第二作目にあたる『1973年のピンボール』(講談社文庫)を読む前に、二者択一を迫る問題がある。この作品は独立した作品なのか、それとも処女作『風の歌を聴け』(講談社文庫)の続編なのか。


1973年のピンボール 講談社文庫

 続編とも見られるのは、前作の設定を矛盾なく引き継いでいたり、テーマに関連性がありそうに見えることだ。しかしテキストを追っていくと、前作への参照は存在していないことがわかる。形式的には前作と独立した作品である。そこで、フェアな読書のスタンスからまず独立した作品としてとらえ、その後に前作の続編としての意味を考えたい。

 最初に作品の理解を深めるために書誌的な背景に触れておきたい。『1973年のピンボール』が発表されたのは1980年の文芸誌『群像』3月号である。前年6月号の『風の歌を聴け』の発表から1年も満たない。単行本はその1980年6月に講談社から刊行され、9月に第83回芥川賞の候補となった。選考委員は以前と同じ。結果は再び落選。この回は「受賞作なし」となった。なお、次の第84回芥川賞で田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(新潮文庫)が候補となったが落選した。新しい時代の風俗と見られる作品が嫌われる傾向にあったかもしれない。

 村上春樹が芥川賞候補に上がったのはこの二回のみであり、二作とも落選した。このことを村上自身はどう思っているだろうか。『1Q84』(新潮文庫)や「蜂蜜パイ」(『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)収録)といった小説には「芥川賞」についての挿話があるが、そこからは失意に近い印象が察せられる。とはいえ、そもそも村上が付けた『1973年のピンボール』というこのタイトルは、「群像」の1967年1月号から7月号に連載された大江健三郞の『万延元年のフットボール』(講談社文芸文庫)の諧謔でもあり、当初から大江を含め選考委員を茶化す意図もあっただろう。

 『1973年のピンボール』が落選となった理由は現代からすると、前作同様、選者の評価に問題があると見てよい。が、評者の心情にも揺れはあった。前作の落選時とは異なり、社会がこの作品を受け入れる余地に配慮したらしく、6名が村上春樹の技量や感性面に言及した。しかし主題へ言及はない。その後、単行本として刊行され多くの読者を獲得し、批評家も新しい文学の様式や感性として話題にしたが、この作品の主題についてはあまり問われなかった。

 『1973年のピンボール』の読解で一義に問われなくてはならないのは主題である。この作品は何をテーマとしているのか。この問いが回避されがちなのは、後の村上春樹文学ではさらに顕著になるが、小説の主題に関連すると見られる物語の展開が理解しづらいことだ。すらすらと読めるにもかかわらず、あらすじを述べることすら難しい。しいて手短にまとめようとすると支離滅裂な印象になる。当時86歳の芥川賞選考委員・瀧井孝作は「筋のない小説で、夢のやうなものだ」とつぶやいていたが、年のせいとばかりとは言えない。

物語の「出口」を知ることで主題を理解する

 主題を覆う構成の難しさは作者の意図でもあったが、あまりに不可解にならないように、『1973年のピンボール』にも前作『風の歌を聴け』と同様、小説内部に著者から読解用メッセージが提示されている。小説というメッセージへのメッセージということから、メタメッセージと言ってもよい。具体的には、章番号が付く前に置かれた序章的な部分の末尾で、次のように記されている。

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