いつからだろう。日曜日の夕方に、サザエさんのエンディングを観ながら「ああ、今週もやっと日曜日が終わる」と考えるようになったのは。
彰人は自分のことを「逆サザエさん症候群だ」と思う。「サザエさん症候群」とは、日曜日の夕方に、翌日からの学校や仕事のことを考えて憂鬱な気分になる症状のことだが、彰人はその逆で、日曜日が終わるのが嬉しい。
けっして、仕事が大好きで月曜日の出社が待ち遠しいというわけではない。単に、休みの日が苦手なのだ。時間を持て余してしまい、それがけっこうな苦痛だから。平日は目の前の仕事をこなしていればあっという間に1日が終わるが、休みの日はそうはいかない。土曜日の昼過ぎに起きた瞬間から、やることがなくて途方にくれる。
そして日曜日のこの時間になると、ようやっと少し気が楽になる。「ああ、地獄の土日がもうすぐ終わる」と。ここまでくれば、後はもう適当に食事をして、そして眠くなるまでネットやゲームでもしていれば、明日がやってくる。ゴールはもうすぐそこだ。
もうずいぶん長いことそんな風に、どうにかやり過ごすように毎週末を過ごしている。
この日も、彰人は自分でつくったとくに美味しくもない野菜炒めとチャーハンで夕食をすませると、ベッドに寝転がって、いつものようにネットサーフィンをはじめた。あとはもう眠りさえすれば明日だ、そう思いながら、たいして興味のない芸能人ブログを覗いたり、最新のゴシップニュースを流し読みする。
ああ、暇だ。毎週毎週、こんな風に時間を持て余してしまうこの感じ、どうにかできないものか。なんだか人生の何かとても大切なものを無駄にしているような気がして、最近では少し焦りも感じる。
そんなことを考えていたら、ふと思いついた。そして検索エンジンにこう打ちこんだのだった。
「ともだち ほしい」
休みの日に気兼ねなく誘える相手、当たり前のように遊べる相手が欲しい。今の自分に足りないのは、きっとそれだ。まだ若いのに青春をしていない。若さの無駄遣いをしていることに、自分は焦っているのかもしれない。
さっき見たサザエさんの登場人物たちは、みんな楽しそうだった。幼すぎるタラちゃんから、もう若くない波平まで、みんな。タラちゃんなんて幼稚園にさえ通っていなくて一年中休日なのに、でも、人生に退屈してはなさそうだった。波平にしたって、とっくに青春時代は終わっているのに、でもプライベートな時間を持て余しているようには見えなかった。
彼らにあって今の自分にないものはなんだろうと考えてみると、それは友達だ。彼らが楽しそうなのは、友達がいるからだ。
「ともだち ほしい」でヒットした検索結果を上からひとつずつ見ていく。怪しげな掲示板や、いまいちピンとこない友達のつくり方のハウツーが並んでいる。
まあ、そうだよな。大人になってからの友達づくりって難しいんだよ……と諦めてページを閉じかけたその時だった。
「あなたの人生の作戦会議をします」
ん? 何だ、これは? 何のホームページだ?
「王生際ハナコ作戦会議室……?」
*
「こんにちは、王生際ハナコです」
1週間後の土曜日、彰人は王生際ハナコ作戦会室を訪れていた。どうせ暇を持て余していたし、何だかあれ以来、妙に気になってしまい、夜寝る前のネットサーフィンタイムになる度に検索しては何度もサイトを見に行き、週の半ばにはついに予約をとってしまったのだった。
「あ、西村彰人です。よろしくお願いします」
ひとり暮らしの男にとって、何の予定もない土日というのは、本当に長い。恐ろしいほど暇なのだ。彰人は最近、この丸2日間の暇を怖いとすら思っていた。
そんな暇への恐怖が手伝って、あとは勢い任せで、今日のこの場に及んだわけだが、作戦会議というものがどんなものなのかよくわからなくて落ちつかない。それに、予想外にとんでもない美人が出てきた。それもあって余計に落ちつかない。
彰人の勤務先にはほとんど女性がいない。そのため、就職してからのここ10年ほどめっきり女性に縁がない日々だった。だからだろうか。女の人ってこんなに綺麗だったっけ……こんなに異質な生き物だったっけ……クラスの女子ってこんなに神々しかっただろうか……などと考えていると、ハナコが持っていたノートをこちらに差し出しながら声をかけてきた。
「ここに、お名前書いてもらっていい?」
「あっ、はい」
ハナコからノートとペンを受けとり、言われた通りに名前を書いて戻す。
「今、何歳?」
「34歳です」
そうなんだー、と言いながら、名前の横に年齢を書き加えている。そしてペンを置くと、ハナコは、改まったように彰人を見た。
「私は占い師ではないので未来の予言をする係ではありませんし、心理カウンセラーでもないので心の治療もいたしません。私の仕事は、お悩みを解決することです。一緒に、あなたの人生の問題を解決します。具体的に言うと、あなたが欲しい未来を手に入れるための作戦を、一緒に考えるというわけです」
欲しい未来を手に入れるための作戦……。
彰人は、何だか胸が高鳴るのを感じた。ハナコが現れた瞬間から、性的な意味で心臓はドキドキしていたが、この高鳴りはそれだけではなく、そこにもうひとつワクワクも加わったような。
「欲しい未来を手にいれるために、今日から取り組めるミッションを決めて、あなたの人生を動かしていきましょう」
ミッション……。
思わず背筋が伸びる。自分にはどんなミッションが課せられるのだろうか……? 彰人は、目を閉じて深呼吸をした。そして心して目を開けて視線をあげると、ハナコの方は逆に、さっきよりも柔らかい表情と気の抜けたような姿勢になっていた。
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