「釜は銭湯の心臓です」と戸塚さんはよく言う。
「釜が動く限りは、湯を沸かすことができますから、配水管が壊れても、シャワーが壊れても銭湯は営業を続けられます」
釜っつうのは、銭湯の裏手にある金属製の巨大な湯を沸かす装置のことだ。この火によって80℃にまで温められた井戸水は、やがて適温にまで冷やされ、湯殿の床下に血管のように張り巡らされた水道管を通ってシャワーや湯船に供給される。
鉄製の炉に薪を並べ、火をつける。最初はためらいがちに木の表面を撫でていた小さな焔は、やがて勢いよく火柱を立て、内壁に沿ってのびやかに燃え広がる。この火によって80℃にまであたためられた釜の中の井戸水は、やがて適温にまで再び冷やされ、床下を血管のように走る無数の水道管を通り、湯船やシャワーに供給される。灰を顔じゅうに浴びながら火かき棒で中をかき回し、風の通りをよくしてやると、やがて炎は薪を包み込み、ばちばちと威勢のいい音を立てながら猛々しく燃え上がる。幼い頃からアウトドアが苦手で、小学校の飯盒炊飯でも、キャンプファイヤを囲んではしゃぐ同級生たちを遠巻きにながめていた僕にとっては、炎と呼べるほどの火を間近で眺めるのはここに来てからが初めてだ。
一旦火をつけて終わりではない。熱すぎず、ぬるすぎない温度に保つため、営業時間中は薪をくべ続けないといけない。そのため開店してからも、交代で釜の番をする。燃え終わりに近い木の上に新しい木を載せてやると、火は命を吹き返したようにまた赤々と燃え上がる。炉の蓋に開けられたスリットから中を覗き、木肌の呼吸にあわせて火の粉が夜光虫のようにゆっくりと瞬くのを眺めるのが僕は好きだ。火は何時間ながめていても飽きない。一度として、同じ形をとることがない。
薪が足りない時には、近所の廃材屋が運んできた木材を鉈で割って細かくする。ぱきん、とこ気味良い音を立てて木が割れる。皆、解体された家の梁や柱だったものの破片たちだ。年季の入った古材でも、切ると、中身はまだみずみずしい象牙色をしていることもあった。すでにその使命を終えたものの中に、まだ人の体を温める力が残っているのが不思議だった。最近は火にくべた時によく燃える木とそうでない木の違いがだんだんわかってきた。他のガス焚きの銭湯にはない、とろりとして、上がった後にもじんわりと体の芯にまで温もりの残る湯を作るのだと思えば、自然と刃を振るう手にも力がこもる。
僕はスマホを取り出し、この家のどこかにいる龍くんにラインを送る。
「火、つけといた。あと、窯よろしく」
すかさず龍くんから、OK!という文字と熊のイラストを組み合わせたスタンプが届く。仕事も生活スタイルも、寝起きする時間帯も皆バラバラな僕たちの昼間のやり取りは、ほとんどがこのメッセージアプリで済まされる。銭湯の広い敷地内のどこにいても、四角い画面の右上で絶えずメッセージを受信し続けるこの黄緑色のアイコンが僕たちを瞬時につないでくれる。
「了解!掃除よろしく」
龍くんには左足がない。4歳の時の事故で失ったそうだ。龍くんの母親は幼い彼をママチャリの後ろに乗せ、雨の中、国道16号線の脇道を必死で走っていた。信号待ちの間に雨でスリップした乗用車が脇から突っ込んできて、彼はチャイルドシートから放り出された。幸い2人の命に別条はなかったが、地面に落ちた彼の左足を逆方向からやってきたバイクが轢いた。
「すごく熱くて怖かったんだ」と、龍くんはその時の事を思い出して言う。
「痛いっていうより、熱かったんだ。もちろん痛かったはずなんだけど、なぜだか知らないけど、熱かったことしか記憶にないんだ」
釜の火入れが済んだら、今度は浴場の掃除だ。ざばぁ、とイキオイよく熱い湯を洗い場いっぱいにぶちまけて、木の柄のモップで丹念に汚れを洗い流す。
「何事も念入りに、ただし、軽やかに」——戸塚さんの奥さんで、刻の湯の2代目店主だったトキさんの訓示である、らしい。らしい、というのは僕自身も彼女に会ったことがなく、戸塚さんや、この湯に通い続けている常連さんたちから伝え聞いた話だからだ。築100年を越す刻の湯を生まれた時から見守り続け、4歳から番台に立っていたというトキさんの遺影は、今もふっくらとした笑みをたたえて、女湯の脱衣所の梁の上からこの湯を見下ろしている。
しゃーこ、しゃーこ、とモップがタイルの上を滑る小気味良い音が、湯殿の高い天井に響き渡る。もう一度湯を流すと、床じゅうを覆った泡たちはさざ波のようにやわらかなひだを作りながら排水溝まで流れてゆき、後にはぴかぴかの白いタイルが顔をのぞかせる。裸足の足裏は冷たいのに、湯殿に灯がともり、湯気が満ちるだけで、なんだか僕のお腹の中にも、さっきまで見ていた釜の中の火と同じものが宿る気がする。
洗い場の掃除を終えた頃、蝶子が大量のタオルを詰めたカゴを持って脱衣所に現れた。どさり、と乱暴に藤のベンチの上に置く。彼女の動作が粗雑なのはいつものことだ。
ロッカーの表面や、男湯と女湯を仕切る大きな鏡を、蝶子と二人、手分けして拭きあげる。天井の採光窓から降り注ぐ絹糸のような日差しが、マレーシアと日本のハーフである彼女の、生来の持ち物である褐色の肌を一層、健康的に艶めかせている。
彼女の拭き残しを拭いて回りながら、トキさんが生きていたら何か一言でも彼女に小言をくれてやっただろうと僕は思うが、戸塚さんはにこにこしながら「若い人は飲み込みが早いですねぇ」とか「モップを握る腕が、力強くていいですねぇ」などと言うばかりである。褒めて伸ばすタイプらしい。大学に入って以来他人から褒められることなど滅多になかったから、それはそれで気分がいい。
洗い場の清掃を終えて、今度はゴスピにLINEを入れる。彼はこの家に住むフリーランスのエンジニアだ。奇怪なあだ名は彼のDJネーム「Goddskorpion」から来ている。透けるように青い髪、口にはピアス、タイダイ染めのサイケデリックなタイツ。人気イラストレーター「恋☆おれんじさん」のアニメ風美少女の絵が全面に入った巨大なパーカーを着こんだ彼は、この家の中でも若干、浮いた存在だ。一緒に住み始めて3週間が経つ今も、僕はまだこいつとのコミュニケーションに慣れていない。それでも、メッセージを送ってすぐに「了解。SNSやっとく」と返事が来た。口数こそ少ないものの、淡々と迅速に確実に、彼は仕事をこなす。つい先日公開した、刻の湯のウェブサイトを作ってくれたのも彼だ。刻の湯の代々伝わる紋を大胆にアレンジしたロゴ、暖簾の色をイメージした深いヴィンテージブルーを背景に、戸塚さんの飼い猫の”タタミ”の画像をアイコンに使った、銭湯らしからぬスタイリッシュなデザインだ。ものの数日でどうやったらこんなものが作れるのか、文系でそっち方面にはうとい僕にはまるで想像もつかない。
もう一度洗い場を確認してから、僕は番台で帳簿をつけているアキラさんに声をかける。
「アキラさん、開店準備OKです」
アキラさんは振り返ると、その、人を垂らすために造られたような、5月の陽だまりみたいな柔らかな笑みを僕に向かって投げかけた。
「ありがとう、マコ」
僕の名前は湊(ミナト)マヒコ。刻の湯の居候だ。
(つづく)
次回「偉い人の話は聞かなくてもいい」は1/11更新予定。
イラスト:丸紅茜