手は、バイキンの住処なんだ

【第22回】
彩子の一日は30分の手洗いから始まる。 
通学カバンにはハンドソープと除菌スプレー。潔癖症なのだ。
ある日、クラスメイトにそれがバレてしまい……。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!

 —手は、バイキンの住処なんだ。だから、汚いんだ。

 彩子は、自分が汚いと思うものに、「素手で触れる」ということに対して、極端な恐怖心と嫌悪感がある。多くのバイキンは、手に付着して体内に入ってくるという。自分の体の中で、何千、何万と増えていく菌を想像するだけで、眩暈がしてくる。

 朝起きると、彩子は真っ先に洗面所に向かい、「アヤ用」と書かれたハンドソープのポンプを何度もプッシュして、爪の間、手のしわの溝、手首までしっかりと洗う。そうしないと、自分の手にたくさんの菌が残っている気がして、不快で仕方ないのだ。

 手洗いの「儀式」が終わるまでには、おおよそ三十分。長い時には一時間以上かかる。だが、どれほど忙しい朝でも、どれだけ母親に水道代がー、と文句を言われようとも、これだけはやらずにいられない。

 通学も一苦労だ。学校までは電車を使わなければならないが、朝はまず座席に座れない。だが、手すりや吊革を摑むのは、死んでも無理だ。不特定多数の人間がベタベタと触ったものには、どれほどのバイキンが付着しているかわかったものではない。触ることを考えただけでも、恐怖のあまり吐き気をもよおしてしまう。

 結局、夏でも袖の長いシャツを着て手を隠し、わざと満員の電車に乗り込むことになる。ぎゅうぎゅう詰めなら、手すりも吊革も摑まずに立っていることができるからだ。汗臭い人間に囲まれるのもかなりの嫌悪感を伴うが、それでも、吊革を摑むことに比べれば、まだ堪えることができた。一度、満員電車で痴漢に遭ったこともあったが、それでもなお、中途半端に空いている女性専用車両に乗り込むことができないでいる。座ることはできず、かといって人に寄り掛かることもできず、吊革を摑まなければならなくなる可能性が高いからだ。

 学校に着くと、彩子は制服を着たまま全身にアルコール除菌スプレーを吹き掛け、また手を洗う。通学用のカバンには、薬用ハンドソープと除菌スプレーが常に入っていて、いつでも除菌ができるようになっている。月のお小遣いの半分は、こうした衛生用品に消えていく。

 彩子の潔癖症に、真っ先に気づいたのは菜々美だった。高校に入学してすぐ、一年生の時だ。クラスで席が近かったせいもあって、彩子がたびたび手を洗っていることに気づかれたのだ。

 —もしかして、潔癖症?

 当時、まだ一度も話したことがなかったにもかかわらず、菜々美はいきなりそう話し掛けてきた。自分が潔癖症であることがバレて、クラスの女子たちに距離を置かれてしまったら。始まったばかりの高校生活は、きっと辛いものになる。彩子は、緊張のあまり言葉を失った。

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