10年間の宿題——9・11から3・11まで
武田将明(以下、武田) 『日本文学盛衰史』を発表した後も、高橋さんは旺盛に執筆活動を続けられます。
ここから、選んでいただいた代表作三編のうち、もっとも近年に刊行された『さよならクリストファー・ロビン』の話に移りますが、この作品を考える上で、どうしても言及しなければいけないのが東日本大震災だと思います。
読んだ方はおわかりでしょうが、これは六つの短編を集めたもので、最初の三つを書いた後に地震が発生したと聞いています。知識を前提にして読んでしまうからかもしれませんが、後半の三編からは、前半の三編に比べて、切迫した感じが伝わってきます。
ただ同時に、この六編に通底するものもあるような気がしてなりません。何といっても最初の「さよならクリストファー・ロビン」という表題作のなかで、これは震災前に書かれたにもかかわらず、「あのこと」と呼ばれるカタストロフが生じたように書かれています。
予言とまでいうつもりはありませんが、何か時代の重い空気を掬い取った結果が未来の現実と一致してしまったというような、不思議で、少し不気味な感覚を受けました。
『さよならクリストファー・ロビン』(新潮社、2012年)
高橋源一郎(以下、高橋) そうですね。この作品は、最初の三編は3・11の前に書いたものです。やはりこうやって考えながら小説を書いていくと、だんだん違ったものに関心が集まってきますね。
『日本文学盛衰史』の頃は、さっき言ったように、一つの文学という時空間の話でした。これは時期的にいうとバブル景気の後で、何か世界がだんだん劣化していくなかで、でも、「文学という時空間はいま、すごいんだよ」と言おうと思って書いた作品です。
ご存じのように、社会の流れでいうと、バブルがはじけたのが1992年です。もうこのときは、10年近くたっているんですけども、なだらかな後退のようなものがずっと起こっています。そして『日本文学盛衰史』の後、2001年に9・11があります。