ほんとうは生きたかもしれない」人間の心臓を移植してしまった医師

日本は心臓移植がなかなか実現しない国ですが、その理由は「脳死」をなかなか受け入れられない家族の心情の辛さだけではありません。1967年に実際に起きた恐ろしい事件が関係していました。ある医師が「ほんとうは生きたかもしれない」人間の心臓を移植してしまった――。一体、何故そんなことが起きたのでしょうか? 続々重版で話題の『カラダはすごい!』から、医療小説の奇才・久坂部羊センセイが心臓移植の秘密を紹介!

日本における心臓移植の特殊性

心臓移植は、自分の心臓を他人のものと取り代えるのですから、究極の治療といえるでしょう。

日本では長らく心臓移植が行えず、移植を希望する患者は海外で受けざるを得ない状況が続いていました。臓器移植法が成立する前、医務官としてサウジアラビアに赴任していた私は、王族の病院に勤務していたイギリス人の心臓外科医に、こう聞かれたことがあります。

「日本は技術的にも、設備的にも、経済的にも、心臓移植が可能なのに、なぜしないのか」

私はこう答えました。

「日本人は死に対して特別な感情を持っています。日本では、人が死ぬと仮通夜、通夜、葬儀、火葬と、時間をかけて故人を偲しのびます。だから、脳死がなかなか受け入れられないのです」

日本の特殊性を説明したつもりでしたが、相手はこう反論しました。

「脳死の受け入れがつらいのは、イギリス人も同じだ。しかし、脳死になれば、もう助からない。臓器を提供してもらえれば、別の患者が助かる。だから、我々は誠意をもって説得する。悲しみの深さは、日本人もイギリス人も同じだろう」

返す言葉がありませんでした。さらに続けてこうも言われました。

「一人の日本人がイギリスで心臓移植を受けると、イギリス人が二人死ぬ。心臓を提供した者と、その心臓で助かったはずの患者だ」

それを聞いたとき、私は日本でも早く心臓移植ができるようにすべきだと思いました。

海外に移植を受けに行くことは、経済的にも時間的にも、患者側に多大の負担をかけます。渡航してもすぐドナーが現れるとはかぎらず、待っている間に容態が悪化して、移植できなくなることもあります。

さらに、自分が助かるために、相手国のだれかの死を待つという現実も、重い心理的負担となるでしょう。技術的に不可能な国ならいざ知らず、国内で脳死移植を禁止しながら、多くの患者が海外で移植を受けている現実を、世界は許さないだろうと思いました。

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コメント

H_GOYA_ #SmartNews 勉強になるなあ https://t.co/rvxjRBnXaY 3年弱前 replyretweetfavorite

suerene1 「 ほんとうは生きたかもしれない」人間の心臓を移植してしまった医師 https://t.co/51FBkyusm0 3年弱前 replyretweetfavorite

chorilolila 日本初の心臓移植の功罪https://t.co/8YXVW0NwMt 3年弱前 replyretweetfavorite

yuya_presto 日本で脳死を認めず海外の人の脳死を待つのは他国から理解されない、それやねんな » 3年弱前 replyretweetfavorite