まさかの犯人「あのピーポ君には後日、刑事部長賞をあげとこう」

毒ガスを運ぶラジコンヘリ、警察は犯人の乗る車を発見。しかし運転席にいたのはーー。
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「わたしが石田なら、サイロームを手で撒く、などという方法はとりません。それでは、殺せてもせいぜい二十人です」海月が言う。「もっと効率的に襲撃する準備をしているはずです」

 刑事部長はそれを聞いて頷くと、眉間に皺を寄せて少し考え、無線機を出した。「公園内を捜索中の捜査員各員へ。石田が音楽堂周辺に時限装置や発射器を仕掛けている可能性がある。不審物に注意せよ。樹上も必ず確認しろ」

 言い終えて無線機をしまった刑事部長は、また思考する表情になり、野外音楽堂前の広場に立った。「他に何がある……?」

 周囲では捜査員が植え込みの中やフェンスの陰を捜している。俺は右後ろの霞門を振り返った。門の向こうに霞が関の太い道路が見える。「トラックで突入してくる、という可能性は」

「門は捜査員が封鎖しています」海月は俺の隣に来て、霞門を見た。「それに車止めがあります。突入はできないはずです」

「狙いは野外音楽堂のはずだ」刑事部長は音楽堂のゲートを睨みつけ、確認するように低い声で呟く。「強行突入は無理だ。あらかじめ仕掛けた?……それも無理だ。開演前に発見されるはずだ」

 俺は周囲をぐるりと見回した。音楽堂のゲート。レストランの入った建物。通路脇の植え込み。

 海月がいきなり、ぱっと空を見上げた。彼女の表情が変わった。「あれは……!」

 俺は海月の視線を追って空を見た。空は深い蒼一色で、雲はぽつりと一つ、浮かんでいるだけだ。だが。

 南の空、芝公園の方向から、上空をこちらに向かって飛んでくるものがあった。点のように小さな影だ。逆光で姿がよく見えず、俺は手をかざして目を細めた。影は一つではない。二つ……三つ。あれは……。

「大型のラジコンヘリコプターです!」海月は空に向かって言った。「こっちに来ます」

 俺は逆光で目がくらむのをこらえ、飛んでくる影に目を凝らした。確かにローターらしきものが回転している。機体の大きさが分からないためはっきりしないが、高度は三百メートル程度だろうか。そして。

 確かに見えた。飛んでくるヘリは三機とも、機体より大きな荷物をぶら下げていた。速度から考えても、おそらく改造でパワーを上げている。明らかに普通ではなかった。

「まずい。今からライブを中止させても間に合わん」刑事部長が呟き、無線機を出す。「各員へ。石田はラジコンヘリコプターを操作している。それらしい様子の人間を捜せ!」

「日比谷公園内が封鎖されることくらい、石田は予測していたはずです。外です」海月が俺の袖を引いた。「捜しましょう。電波の届く距離から考えて、あれだけの高度を飛んでいるなら、あまり遠くから操作しているのではないはずです」

 俺は駆け出した。霞門から道路に出て、左右を窺う。

「時間がない。私も行く」隣に刑事部長が来て、スーツの内側に手を入れて拳銃を抜いた。「見つけたら教えなさい。あれを落とされる前に、狙撃してでも制止する」

 俺はぐるりと周囲を見回した。日比谷公園上空三百メートルに電波を飛ばせる場所。発信装置が強力なら、必ずしも開けた場所である必要はないだろうが、屋内でもないはずだ。そして石田は、囮の男が取り押さえられるのとほぼ同時にヘリをこちらに向けた。海月の言う通り、警察の動向を確認できる近距離にいるはずだ。だが。

「どういうことなのでしょう」

 海月も疑問に感じたらしく、周囲を窺いながら言う。「ヘリに電波を届け、警察の動きをチェックすることができるほどの近距離なら、この近くのはずなのです。ですが、それでは捜査員の目に留まり、不審に思われるはずですよね」

俺は霞門から西幸門まで駆け、通りを見渡した。左右の歩道にも、広い通りの向こう側にも、何かを操作しているような人影はない。

 海月は俺の隣に走ってきて、息を切らしている。「もしかして……」

「警部?」

 肩で息をしながら何か言いかけた海月の後ろで、車が一台、ゆっくりと左折した。

「あれです!」海月は振り返って叫ぶと、突然駆け出した。

「警部」

「どれだ?」

 俺と刑事部長もすぐに追う。

 海月は走りながら前方を指さす。「あの車です。アンテナがついています」

 彼女が指さしたのは、さっき彼女の後ろで左折したらしき白のワゴン車だった。車体を見ると確かに、アンテナらしき銀色のポールを屋根につけている。

「移動中だと?」

 走りながら口に出し、それで俺も石田の作戦が理解できた。いくら巧妙に隠れても、そのあたりに立ってラジコンヘリを操作していれば、そいつは日比谷公園とその周辺にいる警官の誰かに、必ず見咎みとがめられる。だが、走行中の車両ならどうだろう? 車体にアンテナをつけ、公園の周囲をぐるぐると回りながら操作すれば。

「犯人車両発見。車体からアンテナを伸ばした白のワゴン。現在霞門を通過して祝田門いわいだもんへ向かっている。祝田門、有楽門付近の各員、路上に出て当該車両を制止せよ」

 刑事部長が俺の後ろを走りながら無線機に怒鳴った。だが捜査員はすぐに指示通りの場所に並べるわけではない。前方の交差点、祝田門付近から顔を出して対象車両を捜そうとした捜査員をあざ笑うように、ワゴンは交差点を左折して霞が関方面に消えてしまった。

「こっちだ。来い」刑事部長は左に方向転換した。「急げ。奴が桜田門の交差点で左折してくれれば、ここから先回りできる」

 俺も海月を引っぱり、霞門前の交差点を赤信号のまま駆け抜ける。全力で腕を振る刑事部長の走り方には迷いがなかった。

 俺は海月を離して歩道上を走り、刑事部長に追いついた。

「奴はもう一度左折してくれますか?」

「期待できる」刑事部長はコートの裾をマントのようにはためかせて走る。官僚めいたロングコート姿で全力疾走をする人、というのは少々珍しい。しかも速い。「直進すると警視庁本部庁舎うちのビルの陰まで行くことになってしまう。電波が心配なはずだ」

「なるほど」俺は加速して刑事部長の前に出た。「でかいですもんね。うちのビル」

「信号で引っかかれば間にあう。あそこの信号は、わりと待たされる時があるからな」刑事部長も加速して、俺の横に並んだ。「警察官生活の半分以上がここなんだよ僕は。家の庭よりよく知ってる」

 本庁勤務に丸の内署勤務。なるほどエリート様だ。

 街路樹の茂る通りを駆け抜け、桜田通りに出る。右を見ると、ワゴン車が左折して姿を現したところだった。刑事部長の予想通り信号に引っかかっていたようだ。

 だが、俺たちは駆け出してくる姿を見られていたらしい。左車線を直進し始めたワゴンは、エンジン音を低く唸らせて急加速した。

「くそっ」俺は車道に出てワゴンの進路上に立った。それでもワゴンは加速をやめず、真正面からこちらに向かってくる。

 刑事部長が俺の前に出て、ワゴンに向けて拳銃を構えた。「正面のワゴン停止しろ! 停止しない場合は発砲する!」

 銃口はまっすぐフロントガラスに向いている。運転者にもそれは見えたはずだった。だがワゴンはハンドルを切らず、速度も緩めない。白い車体が、フロントガラスとバンパーが、俺たちの正面に迫る。刑事部長は発砲しない。

 ──止められない!

 俺はとっさに刑事部長の腕を取り、右に引っぱって歩道に飛び込んだ。

 その刹那、俺は見た。俺の顔の前をかすめて、顔面にひびの入ったピーポくん人形が飛んでいくのを。

 海月が投げたピーポくん人形はワゴンのフロントガラスに命中し、都民と警察の心の架け橋は、笑顔のまま跳ね飛ばされて数十メートル宙を舞った。跳ね飛ばしたワゴンの方はいきなり眼前に現れたピーポくんに驚いたのか、左に急ハンドルを切って歩道に乗り上げ、ばきばきと植え込みを破壊しながら縁石に乗り上げ、街路樹にぶつかって停まった。街路樹が大きくしなり、ワゴンのガラスが割れて飛び散るけたたましい音がする。そのはるか彼方で、跳ね飛ばされたピーポくんが顔面を下にして路上に落下した。

「警部」

 歩道の路面でしたたかに背中を打った俺が立ち上がって振り返ると、海月は呆然と立ち止まっていた。

「わたしは、なんということを……」海月は突っ立ったまま言った。命中したことではなく、ピーポくん人形を投げてしまった自分に驚いているらしい。

「よし停止した」刑事部長はさっと起き上がり、眼鏡をかけ直すと、ワゴンに向かって走り出した。「あのピーポくんには後日、刑事部長賞をあげとこう」

「しかし、どうやら殉職ですね」俺も続いた。「本部庁舎の慰霊碑に名前彫らないと」

 ワゴンのエンジンはまだ動いていたが、動きは止まっていた。俺が助手席側から接近するのにあわせ、刑事部長は路上に出て運転席側に回った。

 俺は助手席に飛びつき、ガラスにひびの入った部分を狙って右肘を叩き込み、割った。運転席にはグレーのパーカーを着た男が突っ伏していた。同時に反対側から、刑事部長が男に拳銃を突きつける。「動くな」

 俺は車内を見た。後部座席にはステレオセットのような機械が載っており、配線が延びていた。モニターがあり、ヘリコプターに搭載したカメラの映像が出力されているようだった。

 運転席の男はむっくりと起き上がった。

 割った窓から腕を入れてドアロックを外そうとしていた俺はその顔を見て、思わず声が漏れた。「何……?」

「あんたは……」

 刑事部長も目を見開いていた。

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