安家洞では、すでに探検されているエリアのさらに奥にある、新たな空間を発見することができた。となれば、次は「入口から未踏の洞窟を探検したい」と思うのが、自然な成り行きだろう。
だが、例によって、ことはそう簡単には運ばない。
あるとき発見した洞窟は、入口の幅が10センチぐらいしかなかったものの、中からものすごい風が吹き出していて、「これはきっとものすごい洞窟に違いない!」と確信した。そこで山の上に30キロぐらいある発電機や電動斫り機(コンクリートを割る機械)を担ぎ上げ、入口の幅を20センチぐらいまで拡張して意気揚々と潜り込んでみたのだが、ものの10メートルで地上へ出てしまった。
別のところでは、山の中にぽっかりと大きな口を開けた洞窟を見つけて、「入口がこのサイズならば、奥にすごい洞窟が続いているはずだ」と期待して潜ってみたものの、そこ も10メートルぐらいで終わっていた。
毎週のように山の中を駆けずり回る、空回りの日々を3~4年は続けていただろうか。
洞窟探検の難しいところは、探検の対象となる洞窟を見つけられなければ、本分たる「探検」ができないということだ。探検するのに値する長い洞窟を発見できて、はじめてスタートラインに立てる。しかし、そのスタートラインに立つまでが、ひと苦労なのである。
「いつになったら、すごい洞窟を見つけられるんだろう……」
そんな生煮えのような状態がずっと続いていた。
それでも気持ちが完全に萎えなかったのは、オレの中に安家洞での感動がずっと残っていたおかげだ。あのとき、「日本の地下には人に知られていない洞窟がまだ残っている」ということを身をもって知ってしまったから、 「まだ自分が見つけられていないだけで、未踏の洞窟は絶対にあるはずだ! それを絶対に見つけてやるんだ!」 という気持ちは揺らぐことがなかった。
そんなオレの念願が叶ったのは2001年。のちにオレや仲間たちのホームグラウンドとなる「霧穴」と出会えたのだ。
霧穴は三重県度会郡大紀町の山中にある石灰岩洞窟で、オレたちが探検するまでは誰も足を踏み入れたことがない未踏の洞窟だったのだが、「霧穴」と呼ばれる穴があることは地元では知られていた。
大紀町の山中に八重谷湧水という場所がある。そこは地下から水がこんこんと湧き出し、沢の流れの源流となっていた。「地下から水が湧き出している」ということは、洞窟探検家的な観点から言えば、イコール「湧水口の奥に水が通る洞窟がある可能性が高い」となる。
とはいえ、湧水口は湧き出す水の量がハンパなかったし、そもそも穴が狭くて、人間の体を潜らせることができなかった。
湧水のそばの看板には、山に洞窟のような黒い穴が空いていて、そこに流れ込んだ水が、離れたところで地上に湧き出しているような絵が描いてあった。その絵が本当ならば、山頂近くに降った雨は谷を流れず、地下に潜って洞窟を通り、八重谷湧水で地上に現れ出ている、という予測が成り立つ。ただし、それまで周辺の山に洞窟があるという話は聞いたことがなかったため、当初オレとしては「どうせ昔の人が勝手に考えたことでしょ」ぐらいにしか認識していなかった。
ところが、町でいろんな人に聞き取り調査をする中で、「八重山湧水につながっているんじゃないかと言われている洞窟が実際にあるらしい」という情報が入ってきたのだ。詳しいことはわからなかったが、とりあえず自分たちの目で確かめてみようということになり、洞窟があるという山の管理者の方に会いに行った。探検許可の交渉をするためである。
管理者のIさんによれば、洞窟に入りたいという申し出をしてきたのはオレたちがはじめてではなく、過去にTV局の人や博物館の学芸員などが訪ねてきたらしい。では、なぜずっと手つかずのまま、何の調査もされてこなかったのか? 理由は単純。 Iさんが洞窟に入る許可をこれまで誰にも与えなかったからだ。
では、オレの交渉はどうだったのかといえば、前例に漏れず、Iさんの答えは「ノー」だった。
もしここでオレが諦めていれば、洞窟があるらしいという噂のままだったろう。だが、オレの諦めの悪さ、しつこさは人一倍、いや人の三倍も四倍もある。一度断られたからといって怯むことはまったくなく、「許可をもらえるまで、お願いし続けよう」と当たり前のように考えた。
そこで後日、ふたたびIさんのもとを訪れて、「何とかお願いします!」と頭を下げて懇願すると、なんとその2回目の交渉ではあっさりと許可してくれた。正直、拍子抜けしてしまった。
聞けば、Iさんの中では、誰が来ようとも1回目は必ず断るが、2回来たら許可しようと決めていたのだという。その2回目の交渉にこれまで誰も来なかったのだ。
つまり、オレの諦めの悪さが功を奏したわけで、やはり何事も途中で諦めてはいけないのである。
ただ、これまでずっと裏切られ続けていたので、オレもずいぶん疑り深くはなっていた。
Iさんの案内で山を登っているときも、 「洞窟は本当にあるのだろうか……あったとしても、数メートルで終わってしまうんじゃないだろうか……」 と期待半分、不安半分という気持ちだった。
案内されてたどり着いた八重谷山の頂上付近には、たしかに洞窟——地面に大きく口を開けた縦穴があった。どのぐらいの深さがあるだろうかと、とりあえず石を投げ入れてみると、 ちょっと間が空いたあとに「カッコ―ン」という音が暗闇の奥深くで小さく響いた。
「マジか」「深いぞ!」
その音を聞いた瞬間、オレのテンションは一気に上がった。
「看板に書いてあったことは本当かも。この穴はすごい洞窟かもしれないぞ!」
危機一髪! 興奮しすぎて道に迷う
仲間たちと相談して、とりあえず縦穴の下の様子を偵察してみようという話になっ た……が、そこで重大な問題が発覚!
なんと、ロープで縦穴を下りるために必要な個人装備一式をオレは忘れてきてしまったのだ。なんという不覚。
だが、「装備を忘れたので、自分は上で待っているよ」とならないのが、オレである。
「もう昼過ぎだし、全員で下りたら時間がかかってしまう。今日のところはオレと元ちゃん(前出の及川元)で様子を見てくるから、みんなはここで待っていてくれ」
そう言って、仲間の装備を有無を言わさず強引に借りて、パパッと準備を整えてしまったのだ。 自分でもつくづく勝手な男だと思うが、性格なのでしょうがない。
縦穴にロープを垂らして下りていく。その間もオレのテンションは上がりっぱなしで、心の中でずっと「すげー! すげー!」と絶叫していた。
底まではだいたい50メートルぐらいで着いた。 そこから穴は二手に分かれていた。
「オレは右に行くから、お前は左に行ってくれ。1時間ぐらい経ったら引き返して、ここに戻ってこよう」
努めて冷静さを装いながら元ちゃんにそう指示を出したが、オレの気持ちはもはやそこにはなかったと言っていい。
「この奥はいったいどうなっているのだろう?」
「この洞窟はいったいどれだけ続いているのだろう?」
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