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六日目、朝から降り続く雨はまだ止まない。
昨日までの和気あいあいとした空気は一変して、津田をはじめ、弟子たちもあわただしく駆け回っていた。
先週の段階では、もう数日は晴天が続くという予報が出ていたが、見事に外れた。穴窯は、半分地面に埋まるような格好になっている。大量の雨水が土に染み込むと、窯の内部に水が滲み出てくることがあるらしい。そうなると、いくら薪を焚いても、温度が思ったように上がらなくなってしまう。
残りの薪の数は限られている。最終的な目標温度に達しなければ、窯焚きは失敗だ。丹精込めて土を練り上げ、試行錯誤しながら成形した作品は、焼け損じになって、完成しない。亜希子の大皿も、ただのつまらない失敗作で終わってしまう。
だが、亜希子にはどうすることもできない。作業場の窓から、雨で煙る外をぼんやり見て、天候の回復を祈るだけだ。
雨の日は、よく両親のことを思い出す。
亜希子の母親は、昔から火の玉のような性格だった。気に食わないことがあるとすぐかっとなって、腹の中にある言葉を全部吐き出してしまう。よく言えば裏表のない人間だが、そう肯定的に捉える人は少ないだろう。
亜希子が中学校に入った頃、両親が些細なことでケンカを始めたことがあった。またか、と無視を決め込んでいたのだが、その日は父親の様子がおかしかった。明らかに顔色が変わっていて、目が苛立ちに満ちていた。母親が吐き出し続けた火が、父にもついに火をつけてしまったのだ、と、亜希子は感づいた。
だが、止めに入ったときには、すでに遅かった。父親は溜まりに溜まった怒りを吐き散らし、家を出て行った。母親は、父親がいなくなってもなお、思うさま怒りを吐き出し続けていた。雨の日の、午後であったのを覚えている。父親は、そのまま帰って来なかった。
自分も、あの母の血を受け継いでいる。怒りや、苛立ちに任せて吐き出す言葉は、火のように燃え上がって、周りにあるものを焼き尽くしてしまう。火は怖い。失いたくない。奪われたくない。小さく燃え上がる心の中の火を、亜希子は吞み込んで生きてきた。母親のようにはなるまいと思ったのだ。
でも、もし、火が何かを生み出すのなら。
見てみたい。どうしても。
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