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「これ、全部燃やすんですか?」
目の前に積み上げられた薪の束を見上げて、亜希子は啞然とした。そうですよ、と、奥村が笑う。 昨夜は、夫の態度に腹が立ってよく眠れず、予定より一時間ほど寝坊をしてしまった。息せき切ってやってきた亜希子を出迎えたのは、日に焼けて鼻の頭を真っ赤にした奥村と、薪の山だった。
陶芸教室では、生徒たちの作品を焼成するのに、普段は電気窯を使っている。電熱線の張り巡らされたオーブンのようなもので、スイッチ一つで温度調整までしてくれるスグレモノだ。だが、津田光庵の作品のほとんどは、作業場のさらに奥に作られた、穴窯という窯を使って焼かれたものだ。ロールケーキを半分地面に埋めたような形の窯の中に作品を入れ、入口部分で薪を燃やし、その炎と熱で作品を焼成する。
驚いたのは、使う薪の量だ。薪小屋に詰め込まれた赤松の薪は、ゆうに十トンを超えるという。
穴窯の中にはすでに、作品がずらりと並べられていた。火の通る道や、隣の作品との距離、置く位置や置き方は、すべて計算されている。津田ら陶芸家は、大体の焼き上がりを頭の中で思い描き、作品の置き場所を決めているそうだ。亜希子には、どうなるのか想像もつかない。
窯詰めを終え、レンガで塞がれていく窯の入口の向こう、一番奥のド真ん中に、亜希子の大皿が立て掛けられるようにして置かれているのが見えた。周りには、津田の作品が並んでいる。なぜ、自分の皿が一緒に並べられたのだろうと、驚きと恐縮で胃が縮んだ。
窯の入口が塞がると、津田が前に進み出て、神酒(みき)と塩、洗い米(よね)を供えた。続けて、窯焚き中の無事と作品の完成を願って、厳かに祝詞を奏上する。窯には神が宿る。津田はそう信じているのかもしれない。亜希子の前には、津田の弟子と津田窯のスタッフが十数人ずらりと並び、神妙な顔で手を合わせていた。
窯焚きは一週間。片時も火を絶やすことなく焚き続ける。全員、作業場に泊まり込んでの作業だ。亜希子も同じように泊まり込みで、掃除や洗濯、食事の支度などを手伝うことになっている。
一週間の外泊はさすがに非常識にも思えたし、雑用であれば通いで手伝うこともできたが、亜希子は泊まり込みを申し出た。陶芸は、窯の火を巧みに操り、作品を生み出す芸術だ。もしかしたら、自分の中の火をコントロールするためのヒントを摑むことができるのではないかと思ったのだ。そのためには、できる限り作業に参加する必要があった。
「アッコさん、ご主人は大丈夫だったんですか?」
隣に立つ奥村が、亜希子の耳に口を寄せて囁(ささや)いた。
「ええ、まあ」
「寛容な旦那さんですねえ」
「違うんです」
あの人は、私に興味がないんです。吐き捨てるように言ったが、奥村は本気にする様子もなく、笑って聞き流した。
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