神様さ、なんで俺を生かしたわけ? なんで七百人も殺したのよ

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。美野里健吾の証言、中編です。
『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さんが、満を持して放つ巨篇『アクシデントリポート』を特別掲載いたします。

 うん、合同葬には出たね。こっそり参加したかったんだけど、杖とかついてるから俺ってすぐバレんのな。目ぇ見えないのこういうとき不利。うん、そんとき気付いたことがあるのよ。
 あのね、涙の音が違ってたのよ。同じ涙でもネエちゃんだとミとかファなんだけど、あのときの涙はソの♯とかだったの。これもちょっと感覚的なものなんで、説明したところでわかってもらえないと思うけど。

 むかしベートーヴェンは森の中で楽譜を書いたって話、あれホントなのかな、「神よ、ありがとう。神は自然の中に、すべての音を与えた!」って叫んで、そのあと鳥の鳴き声とか音符に移してたって。それとは全然違うかもしれないけど、あの合同葬にこの世のすべての悲しみの音があったのよ。俺には、確かに聞こえたんですよ。
 そりゃさ、コソボとかコンゴとかパレスチナとか、戦争や飢餓の続く国のほうがもっと深い悲しみがあるのかもしれない。だけど俺には、あそこに悲しみのすべてがあるように思えたのよ。啜り泣き、呻き声、もらい泣き……。目が見えなくてもさ、いや、目が見えない分、胸が張り裂けそうな感じとか絶望とか異様な空気が掴めるのよ。墜ちたときの記憶はなくて、気づいたら病院だったんだけど、いろいろ思い出したんだ。墜ちてからしばらくして、人の悲鳴や、助けを求める声や、阿鼻叫喚とか、そういうの。

 それをそのまま楽譜に写そうとは思わないよ。そうじゃなくて、癒しって言うの? 普段はそんな言葉を使いたくないんだけどさ。胡散臭いから。やっぱやめよう。癒しじゃなくて慰めがいいな、うん。まあ、あの人たちのこと慰めたいと思ったのよ。レクイエムを作りたいって。

 俺さあ、物心ついたときには目が見えなくて、親が何か身に付けさせようってピアノ習わせたら才能があって。そんで、成長してどんどん上手くなると、こういうこと言う大人がいるわけよ。「ケンゴちゃんが目は見えないけどピアノが上手いのは、神様がケンゴちゃんにそういう使命を与えたからだ」って。ふざけんじゃねえよ。てめえ同じ境遇にしてやろうかって。

 でもよ、そんとき俺さ、何か、俺なりに使命みたいなものを、生まれて初めて感じたんだ。目が見えなくて、ピアノの才能があって、飛行機事故にあって奇跡的に助かって……。誰かがよー、まあ言いたくないけど、神様が俺に「やれ」って言ってんじゃない? 知んないけど。柄にもないからこういうこと言うのホント嫌なんだけど。俺は俺で、「神様さ、何で俺を生かしたわけ? なんで七百人も殺したのよ。あの人たちみんな、悪いことをしたわけじゃないだろ。他にもっと悪い奴いっぱいいるのに」って、ちょっくら訊いてみたい気もするけど。

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アクシデント・リポート

樋口毅宏

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。 『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さん...もっと読む

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t_udagawa 次回予告にドキッとする世代。 12日前 replyretweetfavorite