病院でカミさんやら銀座、ススキノのねえちゃんまで鉢合わせ、やっぱ死んどきゃよかったなあって

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。美野里健吾の証言、前編です。
『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さんが、満を持して放つ巨篇『アクシデントリポート』を特別掲載いたします。

「二歳のときに熱出してそれからだから、
 目が見えた記憶はないね」

美野里健吾(37)

 そうなんだ。こないだのライブも来てくれたんだ。そりゃドーモ。

 本当は俺、ラフマニノフって得意じゃなくて。あれは本来ピアノ向きの楽曲じゃないんだよ、ピアノ協奏曲とかはいいんだけど。まあ、いいや。そんな話を聞きに来たんじゃないっしょ。今でもたまにあの事故のことについて訊かれるから、ここらへんで全部話しておこうと思ってね。いつもはアルバムが出てもあまりインタビューは受けないんだけど、あんた結構上の方から強引に筋通してきたでしょ? こりゃなんかあるなと思ったし、いい機会だから、一回きちんと取材を受けとこうと思ったの。

 二歳のときに熱出してそれからだから、目が見えた記憶はないね。まー、ご存知の通りですよ。これまで何冊かお涙ちょうだいの本が出てるんでそこから適当に写してよ。

 ガキの頃からピアノを習わされてきて、二十三かな? コンクールで優勝したら風景変わっちゃったね。見えないけど。

 まー、ハメまくりだよ。「オーストリアで日本人初の栄冠!」とかテレビで報道したら、ネエちゃんみんなヤラせるんだもん。「うちまでピアノを聴きにこない? 車で送ってよ」って言えば断るヤツなんてほとんどいなかったな。そうね、当時は写真週刊誌にずいぶん撮られた。でもこういうとき目が見えないと好都合よ。2ちゃんとか読めないんだからさ。

 疲れるんだよね。ほら、目が見えないとか車イスでも何でもいいんだけど、そういうハンディキャップを背負っている人は善人、みたいな描かれ方。ちょっと期待に添えないわって。マジよくあんのよ。宗教でも慈善団体でも何でもいいんだけど、お話し聞かせて下さいって。でもみんな俺と会うとがっかりして帰っちゃうの。

「いやー、チンコ掻いた手でベーゼンドルファー弾いちった」とかまだ序の口。ネタが決まっててさ、カノジョから「あんた、浮気したでしょ」とか責められたときは、「あれ、おまえだと思って入れたんだけどなあ。どうりでいつもと少し違うと思った」とかもうドン引きね。「あー、あれ、違う穴だった?」。ダメよ、ダメダメ。全然。許してくんないね。こないだライブでこの話したら途中で客帰っちゃうんだもん。イスから立つ音、バンバンバンバン。あれー、お客さんどこ行くのー、みたいな。「なんざましょ!」が捨て台詞。でもよお、俺に何を期待していたんだろうなあ、あのババアたち。

(以下も四十分間、本題から脱線して話が続いたため割愛)

 そろそろ墜ちた日の話しようか。あの日はさー、ツアーで大阪だったんだよね。うん、前日入りしようと思って乗ったのが運のつきでさ。あの年って俺も四十ちょい前ぐらいで、まだ前のモデルのカミさんと一緒だったんだよな。いつもだったら帯同してもらうんだけど、ケンカ中だったから俺ひとりで行ったの。あんときカミさんやっぱ付いててくれたらなー。その後長年にわたって慰謝料や生活費を払わなくて済んだのになあ。ちぇっ。

 とにかくさ、ドカーンって音がしてからはもう大騒ぎよ。天井から降りてきた酸素ボンベで頭ぶつけるわ、何か警報みたいなのがワンワン鳴るわ。俺も寝てたんだけど、あんなに凄い音がしたら死人も起きるよ。

 子供の頃からジェットコースターが好きで、自分がどこかに投げ飛ばされそうな感じになるのが良くてさ。あの、胃がふわっと浮いちゃう感じ? 無重力というか、いいんだよね。なんか死にそうな感じになるところが。
 俺、生まれたことがそんなにいいとは思っていないクチだし。誤解してほしくないんだけど、目が見えないこととは関係ないよ。そりゃー子供のときはからかわれたり、イタズラするヤツもいたけど、庇ってくれる人のほうが多かったしね。優しかったよ、みんな。

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アクシデント・リポート

樋口毅宏

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。 『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さん...もっと読む

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