彼女をひとりで死なせてしまったことは、今でも僕の深い後悔です

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。志島理人の証言、後編です。
『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さんが、満を持して放つ巨篇『アクシデントリポート』を特別掲載いたします。

 それから二年が経ちました。

 遠距離恋愛でしたが、真琴と順調に愛を育んできました。どんなに遠く離れていても、愛はより深まっていくと、前向きに受け止めることができました。

 そして僕が二十六歳の、真琴が三十一歳の誕生日を迎えた夜、ふたりは受話器を握りしめながら、互いに祝福の言葉を掛け合いました。

「真琴っ、三十一歳の誕生日、おめでとう!」

「理人、二十六歳の誕生日おめでとう!」

「わーい、おめでとおめでと」

「歳のことは言わないで」

「僕は真琴が年上だから好きになったの。もし同い年か年下だったら好きになっていない」

「私が五十でも?」

「うん」

「さすがに結婚していると思うけど。子供もいて」

「それでも好きになると思う」

「七十だったら? 孫もいると思うけど」

「好きになると思う」

「チョーウソつき」

「自慢じゃないけど、僕は生まれてこの方一度もうそをついたことがないんだ。僕のことをそんな風に言うのはマコだけだよ」

「ふーん。私がそばにいないのをいいことに、よそに女を作ったりしないんだ」

「僕のほうがマコのことを心配しているよ。酔っ払って関西弁の男の顔にゲロをぶっかけてないか」

 受話器の向こうで明るい声が弾けます。その笑い声に、寂しさを掻きたてられます。

「なんで愛する人の誕生日なのに、僕たち離ればなれなんだろう」

「それ、去年も言ってた」

「そりゃそうさ」

 そのときふと、ちょっとしたイタズラ心が頭をもたげました。

 明日は出社して、早めにあがってから、真琴に会いに行くのはどうだろう。

 彼女の驚く顔が見たかったのです。

 おやすみと電話を切った後も、胸がどこか高鳴っていました。


 その夜は、幸せな夢を見ました。

「むかしはもっとさ、僕に対して酷い口の利き方をしていたよね」

「酷いって、どんな?」

「上から目線でさ、命令口調の」

「そんなのしょうがないじゃん。あの頃は、上司と部下だったんだから」

 真琴は唇をツンと尖らせます。可愛らしい、いつもの癖です。

「今は違う? 恋人同士だから?」

 訊いても答えません。真琴はそれが返事とばかり、腕に強く絡みついてきます。背の高い彼女に寄り掛かられて、バランスを崩しました。

「しっかりせえ。ちゃんと甘えさせんかい」

「関西弁、上手うまなったやないか」

「まかせろっちゅーんや」

 僕たちは笑いながら、道の向こうまでふたりで歩いていく、はずでした。

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アクシデント・リポート

樋口毅宏

御巣鷹山の悲劇は空前絶後ではなかった。史上最悪の航空機事故は仕組まれたのか。幾人もの事故関係者と遺族、生存者の証言から浮かび上がる謎の数々。刊行自体が「アクシデント」な劇薬小説。 『タモリ論』で「いいとも」終了を予見した樋口毅宏さん...もっと読む

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