パイロキネシスはピッツァを焼けるか
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「お言葉ですが、私、この目ではっきりと見たんです」
「いや、ですから、詳しい話は、近くの交番で聞きますので」
通勤時間帯の人々が行き交う駅のホームで、井谷田(いやだ)亜希子は制服姿の警官を睨みつけた。まだ亜希子の半分ほどの年齢であろう、若い男だ。先ほどから亜希子が何を言っても、のらりくらりとした態度を取り続けている。警察とはいえ、目上の人間に向かって、その態度は何だと腹が立った。
「あの、何度も申し上げてますけど、私、あまり時間がないんです。それでも、無実の方が罪に問われないように、証言をしているんです」
「それは、ありがたいと思ってますよ、もちろん」
亜希子が、都内に出てきたのは、随分久しぶりのことだ。八十になる母親の様子見がてら実家に二泊し、今は小田舎にある自宅に帰る途中だ。自宅までは、新幹線とローカル線を乗り継いで三時間ほどかかる。夫には早めに帰ると言ってあるので、駅でご近所に配るお土産を買ったら、急いで帰らなければならない。
だが、移動中の電車内で、ちょっとした騒ぎが起こった。女子高生に痴漢をはたらいたとして、一人の若者が警察に突き出されたのだ。亜希子は偶然、捕まった男の後ろに立っていた。若いわりに少し頭頂部の薄い男は、右手に重そうなカバンを持ち、左手で吊革を摑んでいた。両手がふさがっているのに、痴漢などしようがない。どう見ても冤罪だった。
男のことは捨て置いて、一度は次の駅に向かったのだが、痴漢冤罪で男の人生が狂ってしまったらと思うと、胸が苦しくなった。結局、自分がなんとかせねばならないと思い立ち、わざわざ引き返してきて、今に至る。
ところが、亜希子が男の無罪を証言しているにもかかわらず、警察は、男を近くの交番に連れて行こうとする。すぐに釈放すればすっきりする話だというのに、交番で話を、の一点張りだ。
「私が噓を申し上げていると、おっしゃるんでしょうか」
「そんなこと、一言も言ってないですよね?」
自分はバカにされている、と思うと、腹の中が煮えくり返って、どうしようもなくなってきた。なぜ、息子ほどの歳の若者にバカにされなければならないのだ。みんな、よってたかって亜希子をバカにする。夫はいちいち上から目線だし、息子は、小言がうるさいと言って一人暮らしを始めてしまった。娘も娘で、結婚するときにマンションの頭金を払ってやったのに、なかなか孫を連れて遊びにこない。
——私を、バカにするな。
怒りがピークに達すると、顔がカッと熱くなった。全身から熱が顔に集まってきて、飛び出していく感覚がある。まずい、と我に返って、とっさに顔を手で覆った。この感覚があると、いつも大変なことになるからだ。
「火事だ!」