三月十一日、十四時四十六分。
いつも通り会社にいた彼は、経験したことのない大きな揺れに机にしがみついた。
普段なら会社では決して聞くことのない悲鳴がところどころから聞こえた。
猛烈な揺れはしばらく続き、それをやり過ごすと、辺りが急に静かになった。
おそるおそる顔を上げた彼は、職場の人たちと目をあわせた。全員が驚きと怯えと戸惑いが混ざったような表情をしている。
多分、自分も同じような表情をしているのだろう。
ファイルや冊子やその他の小物が床に散乱していた。だがまだ電気もついているし、自分たちや自分たちのいる場所は、何とか無事だったらしい。
ここが震源地ならまだいいのだが、そうでないとしたら……。
やがて知った震度やマグニチュードの“数字”に、彼を含めた職場の人たちがざわめいた。
見たことのない“数字”だ。
テレビが断続的に伝える被災地の映像に、職場の全員が言葉もなかった。
信じられない。こんなことが本当に起こるのだろうか……。
終業時間まで残り二時間、それでも職場はゆっくりと動き始めた。
テレビやラジオやインターネットで情報を得ながら、全国各地の劇場の安全確認をする。実施予定だったイベントを延期にするための対応をする。
亜也華ちゃんや実家と連絡を取ろうとしたが、携帯電話が全くつながらなかった。
日野よりも千葉の被害が大きいようで、ひとまず彼女のことが心配だった。
しばらく経ってから、ツイッターのメッセージ機能で彼女と連絡が取れ、彼は一安心する。
関東の全ての電車が止まっているようだった。
帰宅できる者は帰宅するように、という指示が出たが、彼は職場を出られないまま夜を迎えた。
金曜日だったから、明日のことを考えずに歩いて帰るという選択肢もあったが、日野まで歩いたら何時間かかるかわからない。
帰宅難民と呼ばれる人々の映像が、テレビに映っていた。
後でわかったのだが、この日、首都圏だけでも五百万人以上の人が、当日中に家に帰れなかったらしい。
テレビが伝える被災地の映像は、地震直後に見たものとは比べものにならない甚大な被害映像に変わり始めている。
深夜十一時前には、ようやく地下鉄の一部と京王線が動き始めた。会社を出ると、どこにこんな大勢の人がいたのか、というくらい道に人が溢れていた。
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