これまでを振り返って。

15歳で起業した著者が超富裕層になるまでの15年を振り返る『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』特別掲載、第34回。裁判が終わった後の社長のその後。また、苦楽を共にした仲間、支えてくれた家族に対して、正田さんが感謝をつづります。

おわりに

 オマケの話ではあるが、裁判で見事に振る舞った社長が今、何をしているかを報告しておこう。

 社長は、裁判官たちとの話し合いには参加しなかった。疲れたから帰ると言って、そのまま帰ってしまったのである。

 もちろん、その日のうちに決着がついたわけではなく、相手方とは和解調書の作成に向けて1か月以上やり取りが続いた。

 裁判所へもその後4回足を運んだ。最後の最後まで税理士は微妙な抵抗を繰り返していたが、年末ぎりぎりに和解調書は作成され、無事裁判は終わった。だが、年末年始に差し掛かってしまい、社長には連絡ができなかった。

 年が明けてからは、以前から取り掛かっていた海外の企業のM&A案件が2つほどあり、僕が忙しい時期に入ってしまっていた。ニューヨークと香港を行き来していたため、社長とは連絡を取り合う時間がなかった。社長からも連絡があるだろうと思って待っていた部分もあるのだが、連絡は一向に来なかった。

 社長は裁判の結果は気にならないのだろうかと不思議だったが、和解調書の控えも渡さなければいけないので、結局僕から社長に連絡を取り、六本木フィオレンティーナのテラス席で会うことになった。

「社長、こちら裁判の和解調書になります」と言って和解調書を渡したが、社長は怪訝そうな顔をしている。

「社長、このまえ裁判あったじゃないですか。あれの和解調書なんですが……」と説明すると、「あぁ、あれ? あの裁判、まだ終わってなかったんだ! あの日でもう終わったのかと思ってた」と言い出す始末だ。

 現在、社長は日本の着物をリサイクルして洋服やドレスにしたものを販売する会社を経営しているとのことだった。しかも市場は日本ではなく、中国に進出したらしい。すでに現地の百貨店でいくつかの店舗をオープンしているそうで、社長も社長で忙しかったようだ。


60歳を過ぎている社長だが、引退など考えず、まだまだこれからもビジネスを続けていくつもりなのだろう。またいつか仕事で一緒になる機会もあるかもしれない。こういう人と人とのつながりが、起業を通して僕が得ている宝物だ。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと

正田圭

「僕は、どこにでもいるごく普通の子どもでした。両親はサラリーマンと専業主婦で、自分に特別な才能があったとも思えません」と語る著者、正田圭さん。そんな正田さんの「お金持ちになりたい!」という目覚めから、ついに超富裕層となった今日までの、...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません