おわりに
オマケの話ではあるが、裁判で見事に振る舞った社長が今、何をしているかを報告しておこう。
社長は、裁判官たちとの話し合いには参加しなかった。疲れたから帰ると言って、そのまま帰ってしまったのである。
もちろん、その日のうちに決着がついたわけではなく、相手方とは和解調書の作成に向けて1か月以上やり取りが続いた。
裁判所へもその後4回足を運んだ。最後の最後まで税理士は微妙な抵抗を繰り返していたが、年末ぎりぎりに和解調書は作成され、無事裁判は終わった。だが、年末年始に差し掛かってしまい、社長には連絡ができなかった。
年が明けてからは、以前から取り掛かっていた海外の企業のM&A案件が2つほどあり、僕が忙しい時期に入ってしまっていた。ニューヨークと香港を行き来していたため、社長とは連絡を取り合う時間がなかった。社長からも連絡があるだろうと思って待っていた部分もあるのだが、連絡は一向に来なかった。
社長は裁判の結果は気にならないのだろうかと不思議だったが、和解調書の控えも渡さなければいけないので、結局僕から社長に連絡を取り、六本木フィオレンティーナのテラス席で会うことになった。
「社長、こちら裁判の和解調書になります」と言って和解調書を渡したが、社長は怪訝そうな顔をしている。
「社長、このまえ裁判あったじゃないですか。あれの和解調書なんですが……」と説明すると、「あぁ、あれ? あの裁判、まだ終わってなかったんだ! あの日でもう終わったのかと思ってた」と言い出す始末だ。
現在、社長は日本の着物をリサイクルして洋服やドレスにしたものを販売する会社を経営しているとのことだった。しかも市場は日本ではなく、中国に進出したらしい。すでに現地の百貨店でいくつかの店舗をオープンしているそうで、社長も社長で忙しかったようだ。
60歳を過ぎている社長だが、引退など考えず、まだまだこれからもビジネスを続けていくつもりなのだろう。またいつか仕事で一緒になる機会もあるかもしれない。こういう人と人とのつながりが、起業を通して僕が得ている宝物だ。
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