お人よし社長を追い込む悪徳オーナーの存在。

15歳で起業した著者が超富裕層になるまでの15年を振り返る『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』特別掲載、第31回。ある店舗のオーナーと不利な契約を交わされていた社長。交渉が難航し、裁判にまで発展することとなりました。複雑な裁判の舵をとる正田さんに緊張感が走ります。

裁判沙汰にまでなったトラブル

 再契約か、店舗買い取りかのどちらかの方向でほとんどの交渉は進んでいったのだが、ある1店舗に関してはどうしても折り合いがつかなかった。これが後に、裁判にまで発展することになっていくのだった。

 この店舗は、表面上は、この会社の元顧問税理士だった人がオーナーとなっていた。この税理士との間で問題が大きくなっていった原因は、開店時のいきさつにあった。

 飲食チェーンを始める前からこの税理士とつきあいのあった社長は、その税理士からお金を借りて店をオープンさせていた。この時、お金を借りる条件として、その税理士の名義で店をオープンさせられていたのだ。

 しかも、社長はかなり不利な契約を結ばせられていた。内容も、お互いで話し合って作られたものではなく、その税理士が一方的に社長に結ばせたものであり、実態とも異なっていた。

 もちろん、判子を押した人間の責任というものがあるから、社長に非がないわけではない。しかし、社長はお金を借りる身で、相手が作ってきた契約書に対してケチをつけるなんて無礼だという気持ちだったらしい。仮にも自分の顧問税理士の立場の先生が、そんなおかしなことをするわけがないと安易に考えてもいたようだ。

 当時の経理部長などは疑問に思ったことはあるようだったが、税金の兼ね合いでこういう契約書を作っておいた方がお互いに有利だという話をされて丸め込まれてしまっていた。そのため、株の名義は税理士になっているままで、店を存続させてきていたのだった。結局、僕がオーナーになって新しい契約を巻きなおす段階になってそれまでのうやむやな関係があぶりだされていき、最終的には店舗の所有権を巡る訴訟にまで至ってしまうのだ。

 この裁判は、中小企業同士が争うものとしてはかなり大掛かりなものとなっていった。こちらが請求した訴額は1億5000万円。一方、相手の訴額は2億5000万円にまで膨れ上がり、合計の訴額は4億円にものぼった。15年以上前の契約にまでさかのぼり、そこから何度も何度も契約が巻かれ、株主や役員も何度も変更しているため、僕自身だけでなく裁判官たちですら理解するのに非常に時間がかかった。気づいたら単独事件から合議体に格上げされていた。

 店をオープンさせてからというもの、実情としては税理士が経営にタッチすることはなく、店の運営はもちろん社長が行っていた。ただ、建前は、税理士が名義上オーナーとなっている会社の雇われ社長という形だった。

 毎月の税理士への返済は、税理士の親族数名に役員報酬という名目で行われていた。ところが、これだと税理士に返済した後の店の利益が税理士名義の会社に残ってしまうため、社長はそれを〝フランチャイズ料〟として自分の本体の会社に送金していた。

 ところが、この話が社長の予想もしない方向へと捻じ曲げられていく。約束の返済が終わり、株を返してもらおうとしても、税理士がそれに応じてくれないのだ。

 それどころか、税理士は店を運営しているのは元々自分の会社だと主張し始めた。しかも、毎月のフランチャイズ料は不当だとも言い始め、社長の解任まで要求し始める。要は、儲かっている社長の店を、そっくりそのまま自分のものにしてやろうと動き出したのだ。

 こうした経緯を踏まえ、こちら側は、「開店当時に借りたお金を返済するために、長年にわたって〝役員報酬〟という名目でお金を返してきたが、利息制限法をはるかに超える利率が課せられているから払い過ぎた分を返してくれ。また、担保として株券を渡しているが、返済は終わっているのだから株券を返してほしい」という理屈で、相手に過払い金の返還と株券の返還を求めた。

 一方、税理士側は「長年〝フランチャイズ料〟という名の不当なお金を社長にこっそり横流しされていた。その損害を賠償せよ」と主張し、株主代表訴訟を会社と社長個人に連名で行ってきた。

 もちろん、こんな話は相手の税理士のでっち上げである。この話を社長の立場で考えると、自分の店ののれんを無料で貸し出し、無給で雇われ社長として働き、店に来たこともない税理士の親族に年間2000万円以上もの役員報酬を15年以上払っていることになる。いくら人のよい社長といえども、ここまでお人よしではない。

 当然、借入金と利息の支払いが終われば株式が返還されて正式に自分の店になり、もう返済はしなくてよくなると思っているから出店したのである。

 それはそうとして、裁判に発展しなかったら社長はどうするつもりだったのか不思議に思って聞いてみた。それに、そもそも社長としてはいくら返済したら終わりのつもりだったのだろうかということも個人的に気になっていた。

「もともとは借りた金額を3倍にして返す話だったんですよ。でも、とっくに3倍払ってることは10年くらい前に気づいてましたよ。私もどんぶり勘定とはいえ、計算はしてますからね。10年くらい前に、税理士に、もう終わりにしてくれって話をしに行ったんですよ。そしたら『私は体が悪くてもう税理士としての仕事はできないから、私が死ぬまでは親族に払ってやってくれ。もう2年もしたら私は死ぬんだよ』と言われてしまって……。まあ、恩もあるし、あと2年だったらと思って。そしたらもう10年経ってますからね。税理士より俺のほうが早く死にそうですよ」

 社長はそう言っていた。

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15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと

正田圭

「僕は、どこにでもいるごく普通の子どもでした。両親はサラリーマンと専業主婦で、自分に特別な才能があったとも思えません」と語る著者、正田圭さん。そんな正田さんの「お金持ちになりたい!」という目覚めから、ついに超富裕層となった今日までの、...もっと読む

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