税金の滞納
あるとき、さすがにこれでは会社が持たないと思った僕は、断固とした態度を見せる必要性を感じ、社長に経費削減を実行すると告げた。とにかく社長による経費の前借りが多いため、ここからメスを入れることにしたのだ。
困った様子の社長だったが、僕の本気度を察してくれたのか、「やっぱりオレ、使い過ぎだよね?」と自分でも認め、経費の前借りをやめてくれた。これで一安心したのだが、そう思った僕は浅はかだった。
社長は事の深刻さをまったく理解していなかった。後でばれることは少し考えればわかるはずなのに、陰でコーポレートカードを使いまくっていたのだ。前借りをやめた翌月分の請求額は、それまでの前借り分をはるかに上回るもので、社長の無駄遣いは少しも収まっていなかった。「現金がないからカードで払いました」と正直に申告してくる社長を見て「パンがなければお菓子を食べればいい」と言い放ったとされるフランス王妃を思い出した。
この社長は、「バブル時代の中小企業の経営者」を絵に描いたような人物だったが、やはり長年にわたって商売をしてきただけあり、ビジネスに対する理解やセンスに関してはそれなりに目を見張るものがあった。これまで立ち上げたビジネスでは失敗したものも多かったようだが、何年周期かで大当たりするものもあり、そうしたビジネスを続けていくことで安定的な利益を上げてきていたようだ。
実際のところ、飲食店ビジネスは毎月黒字を出しており、銀行口座にお金もしっかりと振り込まれてくるため、社長は自分の会社が傾いていて倒産寸前だということを真剣に受け止めることができていなかったのだろう。
銀行口座に現金はあるし、財布の中にだって現金はある。その気になれば今から飲みに行くこともできるし、目先の金には困っていない─。社長はこんなふうに思っているようだった。事実、社長の意識が及ぶ狭い範囲だけを見れば、確かにお金はある状況だったので、危機感を抱くことができていなかった。
だが、社長のいい加減さはビジネスを継続させていく上では致命的な欠点だった。結局それが仇となり、すでにこの会社は決定的な打撃を受けていたのだった。
その打撃とは、税金の滞納だった。財務や税務に関する知識がすっぽりと抜けている社長には、決められたルールに則って適正な税金を払うという意識がなかった。意図的に脱税をするつもりはなかったようだが、5年前に税務調査が入ったときに徹底的に調べられ、合計1億7000万円もの追徴課税をされていた。それ以降、どうにか支払いを続けてはいるのだが、まだ未納分が残っているとのことだった。当時、税務署から即納するよう強く言われ、7000万円は知り合いからかき集めて納付し、残りは分納することになったらしいが、延滞税の利息も高く、当時の借金も完済はできておらず、この税金問題が社長の会社を瀕死の状態にしていた。
社長自身の税務署対応にも大いに問題があった。経費として計上した出費が認められないと判定された場合、慣れている人であれば「こういう理由があって会社の営業活動としてどうしても必要だったんです」と丁寧に説明し、どうにか経費として認めてもらおうと努力する。実際、こうすることで、経費として認めてくれる場合も多いのだ。
ところが、社長はそういった説明が一切できない人だった。理路整然と説明ができないと、すぐに「すみませんでした」と言って頭を下げ、向こうの主張を認めてしまうところがあった。
会社を経営していく上で、税金の滞納があると非常に困ることになる。まず、納税証明書を出すことができないので、銀行からお金を貸してもらうことが難しくなる。こういう状況にもかかわらず、多角的に事業展開をするのが好きな社長は、新たにカラオケ屋をオープンすることを画策したり、別の飲食店を始めようとしたりと、とにかくいろいろと店を出したがった。
会社が8社にまで増えていったのも、誰かから知恵をつけてもらったのか、銀行からお金を借りるための方策のひとつだった。新たな会社を設立し、そちらに売り上げを集中させれば、税金の滞納もないのでお金を借りることができる。この仕組みを使うために、会社の数が増えていったのだ。
黒字の会社からお金を融通し、赤字の会社に補てんするということを繰り返しているので、一見するとお金はうまく回っているようだが、実際は各社が少しずつ利益を出しているように帳簿を整理したほうが税率は低くなる。だが、うまくいっている会社は大きな黒字を出し、調子のよくない会社は赤字をずっとため込みっぱなしという状況を放置していた。これだと税金控除の適用を各社まんべんなく効率的に受けることができず、結果的により多くの税金を納めなくてはならなくなってしまう。
資金投入をしたからには、こうした非効率な部分は徹底的に正していくつもりだった。
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