カジノに通い詰めながら、ホテル暮らしで贅沢三昧。大丈夫か、会社は?

15歳で起業した著者が超富裕層になるまでの15年を振り返る『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』特別掲載、第20回。カジノに通いつめながら、ホテル住まいを続ける正田さん。浪費生活が当たり前のものとなっていました。

ホテル暮らし

 カジノに通い詰めながら、一方で僕はホテル住まいをしていた。宿泊していたのは、主に新宿のヒルトン東京だった。それ以外には、セルリアンタワー東急ホテルを中心とした東急系のホテルが多かった。

 泊まっていたのはスイートルームで、1泊7〜8万円くらいの宿泊費がかかった。ネットで予約をすればかなり安く泊まれると知ったのは、かなり後になってからのことだった。

 それなりのお金はかかったが、ホテル暮らしは実に効率的だった。部屋の中で仕事の打ち合わせはできるし、部屋が嫌なら下の階のラウンジで人に会えばよかった。

 外に出たくないときは、1日中ホテルにいた。腹が減ったら電話1本で食事も注文できる。飲み物も冷蔵庫に入っているので、コンビニに行く必要もなかった。洗濯もすべてホテルのクリーニングに頼んでいた。

 ソフトバンクの孫正義さんも、若いころにホテル暮らしをしていたと何かの本か雑誌に書いてあった。ホテル住まいをしていたころの僕は、もしかしたら彼と同じことをしている自分に少し酔っていただけなのかもしれない。

 ホテルに住んでいたので、所持品はあまりなかった。いわゆる普通の人の家にある家財道具、例えばタンスとか本棚というものも当然なかった。

 一時期、グッチにはまって大量の洋服を買い込んでいたが、それらも人にあげ、処分してしまった。下着類については、コンビニやユニクロで1度に大量に買い、1回着たら捨てていた。

 グッチ熱はすでに冷めており、洋服を買うときは新宿の伊勢丹に行った。当時の僕は、ここを自分の「クローゼット」のように使っていたのだ。

 新しい洋服が欲しくなったら伊勢丹に向かう。そこで気に入ったものを試着し、気に入るとすぐに買った。着てきた服は脱いだまま、「これ、捨てといて」と言って、店を出た。

 食べるものにも相当なお金を使った。コンビニ弁当などで済ませることはなく、ホテル内の鉄板焼きの店や寿司屋で食事をした。

 自分で会社を興し、誰の世話になるわけでもなく独立して暮らしているという意識が強かったため、贅沢をすることに後ろめたさを感じることはなかった。

 服や装飾品を買うだけの余裕がありながらも、僕は決しておしゃれな人間ではなかった。その証拠に、髪型はいつも坊主で、無精ひげも伸ばしたままだった。ブランド物ばかり買っていたが、着こなしにこだわるようなことはなく、着られるものなら何でもよかった。

 洋服と同様に、持ち物にもあまり執着せず、自分の荷物は大きめのボストンバッグ1つだけだった。バッグの中には、適当な着替えとケータイの充電器、そして数百万円分の札束が入っていた。

 スーツが必要だと思えば、ドルチェ&ガッバーナに行き、「一式ください」と言って勧められるものを黙って買った。遊びに行きたいと思えば、今度はまた別の店に入り、「帽子からサングラス、靴下、スニーカーまで全部ください」と伝え、着てきたスーツはその店に脱ぎ捨てた。カジノに行きたいときは、カジノ側が高額プレーヤーを対象に用意してくれる航空券を利用し、ソウルに飛んだ。

 金離れのよさを誰かに見せびらかしたいわけでもなければ、それをかっこいいと思っていたわけでもない。無意識のうちにそういう生活を送るのが当たり前になっていたのだ。

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15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと

正田圭

「僕は、どこにでもいるごく普通の子どもでした。両親はサラリーマンと専業主婦で、自分に特別な才能があったとも思えません」と語る著者、正田圭さん。そんな正田さんの「お金持ちになりたい!」という目覚めから、ついに超富裕層となった今日までの、...もっと読む

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