老紳士との出会い
ところが、いい仕事も取ってきてくれる代わりに、トラブルも同様に持ち込んできてしまうという悪い癖が営業部長にはあった。これには時折、閉口させられた。
持ち前の度胸と押しの強さで、いろいろなところからアポイントを取ってくる能力には目を見張るものがあるのだが、それと同時に、詐欺師のような人を連れてきてしまうという欠点があった。
「社長、この前、すごい人に会ったんですよ!」
いつも、こんな調子で興奮気味に話が始まる。
営業部長の言う“すごい人”は、自身が創業した会社の会長を務めているらしい。とにかく羽振りのいい老紳士で、力があるのでウチの会社の顧問になってもらったらどうかというのだった。
営業部長の話を聞いていると、かなりのやり手のようで、知り合いになっておくことは自分のビジネスにとってもプラスになりそうだった。彼に強い興味を抱いた僕は、時間をとってじっくり会ってみることにした。
食事をご馳走してくれるとのことで、僕と営業部長は指定された代官山のイタリアンレストランに行った。すると、パーティーか何かが開かれていて、芸能人やスポーツ選手、格闘家など、大勢の著名人が会場にいた。
パーティー会場となっているレストランで実際に会長に会ってみると、白髪をオールバックにした貫禄のある人で、見た目もすごくカッコ良かった。
そのレストランには、芸能人だという会長の娘も来ていた。会長は席に娘を呼びつけると、僕たちに挨拶をさせた。端整な顔立ちの会長の血を受け継いだのか、その娘はとても美人で愛想もすこぶるよかった。この時点で、会長に対する僕の好感度はかなりアップしていた。
極めつけは、会長が、当時、実力と人気をほしいままにしていた若手格闘家と実に親しげに会話を交わしていたことだ。
僕たちが座っているテーブルのちょうど反対側に、その若手格闘家の姿があるのは、すでに僕も気がついていた。少しして、会長もそのことに気がついたのか、彼に向かっていきなり大きな声を出したのだ。
「おーい○○○、ちょっとこっちに来てみろ!」
格闘技が大好きな僕は、間近であの格闘家を見ることができると思うだけで胸が大きく高鳴るほどだった。
「最近、調子がいいじゃないか。これからも応援するから、活躍してくれよ」
会長はいかにも親密そうに話しかけるのだった。格闘家も会長に対して「ありがとうございます!」と応えている。
この光景を傍から見て、僕は不覚にも会長のことを完全に信用してしまうのだった。そんな僕の様子を見て、営業部長も「だからすごい人だって言ったじゃないですか」とでも言いたそうな顔をしている。
これが会長とのつきあいの始まりだった。
儲け話に乗せられるカモ
会長とはそれ以降、時折会うようになった。羽振りの良さと貫禄は相変わらずで、どんなときでも景気のいい話をする。
ある日、僕と営業部長はランチをご馳走してもらったことがあった。待ち合わせ場所で落ち合い、少し歩いてとあるビルの前に到着した。あまり大きくはなかったが、おしゃれな感じのする新しいビルだった。
上階へと向かう入口にはビルの名称が掲げられていて、そこには会長の苗字と同じ文字が含まれていた。
ビルの名前を見ている僕たちに気がついた会長が、さりげなく話をする。
「おう、ここはちょっと小さいんだけど、オレの持ってるビルの1つなんだよ」
僕たちは、会長の話をすぐに信じた。
ランチをご馳走になったのは、このビルの1階に入っているパスタ店だった。落ち着いた内装で、とても雰囲気のいい店だった。
「ここのシェフのヤツをかわいがってやっててさ。まあ、あまり味は良くねえけど、1回行ってみるか?」
そんなことを聞かされつつ、僕たちは店に入っていった。
ウェイターに促されて席に着くと、会長は厨房のほうに向かってシェフに声を掛ける。
「おーい、シェフ。ちょっとこっちに来てくれ」
会長から声を掛けられたシェフは、何事かと思って僕たちのテーブルにやって来た。
「どうだ、おまえ、最近がんばってるか?」
「はい、おかげさまでどうにか」
白髪オールバックの会長に尋ねられ、シェフは頭を下げながら答えている。
「でも、おまえな、さっきトイレに行ったんだけど、汚れているじゃないか。水回りだけはキレイにしておけってあんだけ言ってんじゃないか。ちょっとオレが来ないと、すぐにこれだからな」
(もしかしたら会長はこのレストランのオーナーでもあるのかな?)
そんなことを連想させる1コマだった。
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