ついに東京。高校も無事卒業。新しい一歩は渋谷から始まった。

15歳で起業した著者が超富裕層になるまでの15年を振り返る『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』特別掲載、第13回。渋谷に事務所を開き、晴れて東京に移り住んだ正田青年。相変わらずの不慣れではったりばかりの営業トークは、どこまで通用するのでしょうか?

はったりばかりの営業トーク

 在学中は、常に出席日数を気にしながら東京に行ったり学校に通ったりするという行動パターンを繰り返していた。

 調べてみると、出席日数が全体の4分の3を切った時点で卒業のための日数が足りなくなるということだった。ということは、逆に言えば4分の1は休めるということを意味する。幸い、1学期の間はほとんど学校に通っていたので、出席日数をかなり稼ぐことができていた。そのため、2学期はそれほど神経質にならずに東京に行けた。

 渋谷に事務所をオープンし、高校も無事に卒業。その後、晴れて東京に移り住んでからは、新たな顧客を獲得するために名刺を準備したり、資料を作ったりすることに明け暮れた。

 名古屋は地元なのでなんとなく勝手がわかったが、僕たちにとって東京は完全にアウェーだった。名刺の交換の仕方やメールの書き方といったビジネスマナーの基礎もろくに知らなかった僕らが、ちゃんとうまくやっていけるのだろうか……。不安は山積みだった。

 普通は、高校や大学を卒業し、就職してから上司や先輩たちに社会人としてのルールを教えてもらうのだろうが、僕らにはそういったことを教えてくれるお手本がいなかった。営業トークにしても、これまでは何とかやってきたが、実際のところ、どこまで正直に手の内を明かすべきなのか、それともどのくらいの“はったり”を利かせるべきなのか、といった細かいことが一切わからなかった。

 東京に来てからも、名古屋時代と同じように、新たなホームページの制作会社と提携関係を結び、SEOの注文を受けようと考えていた。だが、どうやって話を進めていけばいいのかがよくわからなくて苦労した。

 名古屋にいたときは、たまたま大きな問題もなく仕事は回っていたが、地元から離れた今、なかなか要領をつかむことができなかった。それでも仕事は必要だったので、はったりを利かせて営業をすることもあった。

「制作依頼の案件が多すぎて、すごく困っているんです。パンクしそうなときに御社に少し手伝ってほしいので、一度お話をする時間をいただけませんか?」

 あたかも仕事を依頼するかのような調子で話を進め、どうにかアポを取り付けた。その後、実際に会ってもらえることになると、こちらにとって都合のいい話を持ち出した。

「今度、お手伝いを頼むときがあると思うのですが、これとは別に弊社はSEO事業に最近力を入れていまして、各企業にアプローチをしているところなんです。もし、取引先で興味がありそうなところがあれば、ぜひ紹介してくれませんか?」

 こんな方法で、ホームページ制作会社に営業をかけていったのだ。

 当然、経験の浅さが表に出て、危なっかしい状況に陥ることもよくあった。

 僕の名刺を見た先方の担当者に次のようなことを聞かれたときは、思わず言葉を失った。

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15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと

正田圭

「僕は、どこにでもいるごく普通の子どもでした。両親はサラリーマンと専業主婦で、自分に特別な才能があったとも思えません」と語る著者、正田圭さん。そんな正田さんの「お金持ちになりたい!」という目覚めから、ついに超富裕層となった今日までの、...もっと読む

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