不器用な青年起業家が親切な社長に出合う。きっかけとは、そんなもの。

15歳で起業した著者が超富裕層になるまでの15年を振り返る『15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと』特別掲載、第14回。事業はSEO対応から、ホームページ作成へと発展します。当時、ECサイトの制作案件の需要が、ものすごい勢いで伸びていたのです。正田青年も営業部長とともに、営業開発に努めます。

親切な社長

 僕らは性懲りもなく、いつものように作り話を展開しながら営業を行っていた。そのせいで失敗も多かったが、ありがたいことに僕らみたいな若者を相手に親身になってくれる社長さんもいた。それは大阪にあるホームページ制作会社だったのだが、中堅規模のしっかりとした会社で、その会社の役員さん4人と、僕らの会社4人の合計8人で会食を行うことになった。

 場所は大阪だったため、僕らは4人で大阪まで出張に出かける……つもりだったが、1人は新幹線に乗り遅れ、1人は風邪をひいて欠勤したため、僕と営業部長の2人だけで出席することとなった。そして僕ら2人も、なんと道に迷って遅刻した。遅刻した上に2人欠席という、非常に気まずい状態で会食は始まったのだが、さらに気まずいことに、会食の席には一人ひとりに火のかけられた小鍋がセッティングされていた。空席2つに置いてある火のかけられた鍋から受けた居心地の悪さはすさまじいものだった。おまけに、相手の会社はSEOについて技術的なことをいろいろ聞きたそうだったが、僕と営業部長では満足のいく会話などできるわけがなかった。

 そんな中でも営業部長がなんとかかんとか場を盛り上げ、会食が進むにつれ徐々に僕らは打ち解けていった。そして、SEOの話は早々に切り上げられ、ホームページ制作の話へと話題は移っていく。

「兄ちゃんらは、その人数でホームページの制作もしてるし、同時にSEOもやってるんや。たいしたもんやなぁ、ほんまに両立できるの?」

 こう聞かれて、僕は「はい、できます!」と即答した。

「はあ? ほんまに100件もやってんの? 冗談やろ?」

 相手先の社長さんは驚いた様子だった。

「そんな早よ作れるんやったら、逆にウチの案件をお願いしたいわ」

 こんなことを言われ、それならそれでどこかに外注すればいいやと思い、ついつい「まあ、できないこともないですけど……」と適当な答えをしてしまった。だが、こういうウソはその世界のプロにはすぐにばれる。

「作れるわけないやろ。兄ちゃんたちの会社、ほんまはできへんやろ?」

 ずばりと見透かされてしまったのだが、それでも僕らは往生際が悪かった。

「ああーっ、いやあ、実はたまたま担当者が辞めてしまって、今はちょっと……」

 しどろもどろの僕たちを眺め、社長さんは呆れた様子だった。怒られて退散するパターンかなと思っていると、社長さんは意外なことを口にした。

「ほな、作り方を教えるから、自分らでやってみるか?」

 思わず拍子抜けしてしまうほど、意外な言葉だった。

 社長さんは僕らに担当者をつけてくれ、僕らはその人を通してクライアントへの説明の仕方や進捗の管理の仕方、ホームページの制作工程などを学んでいった。

 知識を吸収しているうちに、外注の人たちの協力も得ながら、1つの案件をしっかりと仕上げることができるようになると、社長さんは別の案件も紹介してくれた。

 こうして仕事をこなしていくうちに、いつしか自分たちの会社の中にホームページの制作事業部門が立ち上がっていったのである。

 最初は、ホームページの制作を手伝ってほしいという筋書きでお会いしたのだが、その社長さんと知り合ったことで、反対に彼の会社が受注したホームページ制作の仕事を手伝うという展開になっていた。これは本当にありがたいことだった。その社長さんには、今でも本当に感謝している。

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15歳で起業したぼくが社長になって学んだこと

正田圭

「僕は、どこにでもいるごく普通の子どもでした。両親はサラリーマンと専業主婦で、自分に特別な才能があったとも思えません」と語る著者、正田圭さん。そんな正田さんの「お金持ちになりたい!」という目覚めから、ついに超富裕層となった今日までの、...もっと読む

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