眠れる「腐力」を呼び覚まそう

「ボーイズラブ」略して「BL」。それは、男と男の恋愛を描く一大ジャンル。cakesで「ハジの多い腐女子会」の司会を務める文筆家の岡田育さんは、BLを愛する腐女子であり、また夫を愛する一人の妻でもあります。しかし、岡田さんの夫はBL作品どころか漫画を一切読まないそう。これは、そんな彼といつかBL漫画について語り合う夢を叶えるべく、「夫に読ませたいBL」を考察していく連載です。

 私の夫は漫画を読まない。

 小説を読む。ノンフィクションを読む。映画を観る。芝居を観る。音楽を聴く。ごはんを食べるし、散歩も好きだ。夫婦でたくさんの趣味を共有している。だけど夫には、漫画を読む習慣だけがない。私が漫画を読んでいる時間、夫はテレビでスポーツ観戦をしている。

 私は子供の頃から漫画を読むのが好きだったので、夫もまた漫画を読む人だったらどんなにかいいだろう、と考える。私は腐女子なので、名作BL漫画を通して妻の心のうちをもっと理解してくれたらいいのに、と思うことがある。夫が読んだことのない、たぶん一生読まないであろう漫画の内容について、よく家庭内プレゼンテーションをする。本連載はその延長線上にある。

そもそも「BL」とは何なのか

 まずは簡単に用語解説を。連載タイトルに掲げた「BL」とは「ボーイズラブ」の略称で、「女性読者を対象に、男性同士の性愛を主軸に描かれた作品」と説明される。男性ゲイ読者を対象に描かれた作品や、少年同士の友情努力勝利を主軸に描かれた作品とは明確に区別される。

 「BL」よりも古く、70年代末から使われている「やおい」という言葉もある。私が生まれ育った80年代には、少年漫画やアニメなどの男性キャラクター同士に性的関係を妄想するファンフィクション、いわゆる「やおい同人誌」が大ブームを巻き起こしていた。こうした既存作品のパロディではなく、新しく編まれた物語が「BL」と総称されるようになったのは90年代に入ってからだ。言葉の定義は時代とともに移り変わっていくものだが、本稿では特筆なき場合「二次創作=やおい」「オリジナル=BL」という区分けでこれら二つの言葉を用いる。

 やおいもBLも、若い女性の書き手と読み手が築き上げてきた文化だ。しかし近年、実際の読者層は性別を超え世代をまたいで拡大している。少女漫画を読む成人男性、青年漫画を読む少女が当たり前の存在となったように、BL漫画を読むのも、特定の年代の女性とばかりは限らない。愛好家を指す「腐女子」という言葉からは「腐男子」という派生語も生まれ、また歴戦の猛者を「貴腐人」、既婚者を「主腐」などと称したりもする。

 そう、彼氏がいようが、彼女がいようが、子や孫がいようが、腐女子は腐女子なのである。アダルトビデオ鑑賞を好む男性が現実世界での恋愛や結婚とはまったく無関係に新作タイトルをむさぼるように、腐女子も腐女子でそれぞれの人生を歩みながら、ラブストーリーとして、あるいはポルノグラフィとして、やおいやBLを嗜んでいる。

誰でも「腐女子」になれる

腐女子の「腐」とは、当人の好むと好まざるとに関わらずあらかじめ備わっている、「能力」のようなものである。私はそう考えている。ある男同士を並べたとき、そこに「一対一の特別な関係性」を見出せるか。彼らの物語を性愛のメタファで捉え直すことができるか。どれだけ素早く、目敏く、いかに斬新な独自解釈で、それを探り当てることができるか。そうした能力のことを仮に「腐力」と呼んでみよう。

 「腐力」とは、男と男の間に流れる独特の気を捉え、行間を読み、まだ世に言語化されぬ不可視の物語を的確に掴んで、そこから得た萌えをみずからのエネルギーへと転化する、いわば「心眼」の視力のようなものである。幼少期からこの能力に覚醒し、誰に教わらずとも早い段階から使いこなし、まるで生まれながらにして神に選ばれし腐女子と見える女性もいれば、定年間際になって突然己のポテンシャルに気づき、師範に弟子入りして研鑽を積み、それまでとはまったく別の視点をもって第二の人生を歩みだす、遅咲きの腐男子もいる。

 たとえ視力が両眼2.0あっても、不注意な人間は目の前で起こるあらゆる事象をぼんやり見落としてしまう。一方で、眼鏡や杖無しには出歩けないほどのド近眼でも、特定分野には驚くほどの観察眼や洞察力を発揮する者もいる。老眼が進んで若い頃よりも視る力が衰えてしまった、と嘆く者もあれば、視覚障害を聴覚や嗅覚など別器官で補う人もいる。

 そしてここからが大事なところだが、この心眼は、妙齢の女性オタクに限らず、誰もが内に秘めているものなのだ。「腐力」とは、高い低い、濃い淡い、といった比率や割合で測られるものであり、それが0.000001%か99.999999%かの違いこそあれ、あらゆる人間がこの腐力、「やおえる力」を持っているはずなのだ。……というのが、私が長年検証を続けている一つの仮説である。

アナタの「やおえる力」、引き出します

 「腐女子って、色恋に興味が無い処女を指す言葉だと思ってた!」2017年になっても、そんなふうに驚かれることがあり、こちらが驚いてしまう。わざわざ辞書を引いて調べるような単語ではないから、世間に蔓延るステレオタイプからそんなふうに誤解されても仕方ないのかもしれない。

 BLとは、女のオタクが自慰行為のオカズにするもの、生身の恋人との性生活が充足したら自然と卒業するもの、“マトモ”な男女関係を築かせるには何らか治療が必要な変態性癖、そんな誤った偏見を抱いている人はまだまだ多い。「オカマとはナヨナヨした生き物」「女のレズは男がレイプすれば治る」といった圧倒的知識不足にもとづく差別的言説と同じだ。

 しかし、物を知らないあなたの中にも、きっと「腐力」は宿っている。今はまだ芽吹いていないだけだ。あるいは、発する電波が微弱すぎて、あなた自身も気づけていないだけだ。私がそれを無理矢理に引きずり出すことはできない。何にせよ「力尽く」の手法は暴力性を孕む。たとえ殴る蹴るの暴行を加えられても腐女子として生きることをやめないはずの私が、他方で誰かのアイデンティティを強引に転向させるようなことがあってはならない。

 でも、手引きくらいは、してもいいよね? 痛くしないから、ちゃんとほぐして、先っちょだけ、先っちょだけ薦めるくらいならセーフだよね? というのが、本連載の趣旨である。

 当てずっぽうで結婚した割に、我が夫となりし者は、意外と「腐力」が高い。私の見立てでは、一般男性平均値をはるかに上回っていると思う。何しろあの『ユーリ!!! on ICE』を赤面しながら夢中で観ていたくらいだ。あともう一押しすれば、BL漫画も読めるのではないだろうか。

 私は根っからの腐女子であるが、私の夫はBLを読まない。今は、まだ。きっといつか、私たちはわかり合える、私はそう信じている。

<次回「エッチなんて、飾りです」は12月15日(金)更新予定>

あなたの「夫に読ませたいBL」作品、教えてください。
この連載では、みなさまの思う「夫に読ませたいBL」作品名を募集しています。「これはぜひ我が夫(彼氏)に読ませたい!」「単純に、すごくオススメの作品がある」という方は、ハッシュタグ「#夫に読ませたいBL」をつけてツイートしてください。つぶやかれた作品を、今後連載内で取り上げることもあるかも……? みなさまのつぶやき、お待ちしております!

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この連載について

#夫に読ませたいBL 〜やおいの教科書を考える〜

岡田育

「ボーイズラブ」略して「BL」。それは、男と男の恋愛を描く一大ジャンル。cakesで「ハジの多い腐女子会」の司会を務める文筆家の岡田育さんは、BLを愛する腐女子であり、また夫を愛する一人の妻でもあります。しかし、岡田さんの夫はBL作...もっと読む

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コメント

okadaic @sisimaru ……後生ですから元記事をお読みになってからリプライなさってください……。 https://t.co/QR2tQD7Svb 5ヶ月前 replyretweetfavorite

CorelliLaFollia ためになる良記事です 5ヶ月前 replyretweetfavorite

aria_minase https://t.co/hsBirLu9LI 6ヶ月前 replyretweetfavorite

yukihgs 圧がすごい文章。(再掲: ページにあったボタンだとリンクが反映されない) 6ヶ月前 replyretweetfavorite