未踏の洞窟を見つけられないまま、時間だけがどんどん過ぎていった。しかし、洞窟への思いが冷めることはなかった。もともと大した経験があるわけではなかったので、すでに探検されている洞窟に行っても「すげーなぁ」と感動したし、「もしこんな洞窟を自分で見つけたら、むちゃくちゃ興奮するだろうな~」と考えるだけでワクワクしていた。
そんな日々を過ごしていた、ある日のこと―。
「今度、安家洞行くけど、吉田くんもどう?」
洞窟探検をしている知り合いからこんな誘いを受けた。
岩手県にある安家洞といえば、当時8000メートルぐらいの長さがあることがわかっており、日本一長い洞窟として有名だった。オレとしては断る理由は何もない。
「行きます!行きます! ぜひ連れて行ってください」
二つ返事でOKした。
1回目の調査は1995年1月に実施し、洞窟内のクライミングで山内新洞第5ホールを発見した。さらに、最奥部で奇妙な空間に行き当たったのだ。
そこは大型トラックがすれ違えるぐらいの広い通路だったのだが、しばらく進むと唐突に行き止まりになっていた。奇妙だったのは、そのどん詰まりに大きな砂の山が盛り上がっていたことだ。砂は、大雨が降ったときに洞窟内に大量の水が流れ込み、その水とともに運ばれてきたのだろう。
では、どこから?
目の前の通路は完全に砂で塞がれている。となると、この砂山の向こうに未知の通路が延びている可能性が考えられた。
翌年1月、2回目の調査では、砂山を掘って先に進んでみることにした。穴掘りリーダーには、10歳も20歳も年長のほかのメンバーを差し置いて、なんとオレが任命された。
理由は簡単で、「吉田くんは日ごろから工事現場で働いているから、穴掘りするのも得意なんじゃない?」とい うことだ。
まずはどこをどうやって掘るのかを決めなければならなかった。洞窟というのは、地中にあるひび割れや亀裂に水が染み込み、だんだんと大きくなることでできていくので、ひび割れや亀裂に沿って掘り進めれば、その先の大きな空間に行き着ける可能性が高い。
ということで、周辺の壁のひび割れを探して、その延長線上を掘っていくことにした。
掘り進める方法については、メンバー間でかなり紛糾した。穴を掘るといっても、洞窟の奥深くに重機を持ち込むことはできないので、スコップでえんやこりゃと手掘りをすることになる。
ほかのメンバーはその労力をできるだけ抑えるため、寝転がって体が入るぐらいの必要最小限の穴を掘ればいいんじゃないかと主張した。
しかし、オレは土を掘る専門家として、「そんな大きさじゃ作業ができない」と反論した。時間と労力はかかるかもしれないが、穴の中に座ることができて、掘った土をうしろに放れるぐらいの空間を作っていかないと、まともに穴掘りなんてできないというのがオレの考えだった。
また、下に向かって急傾斜の穴を掘ったら、放った砂が崩れてきて掘ったそばから埋まってしまうので、掘る角度はかなり緩くしないといけない、という話もした。オレからしてみれば当たり前すぎる話なのだが、まともに穴掘りなんてやったことがないほかのメンバーたちは、オレがいくら説明をしてもまったくピンと来ていないようだった。
その日の作業を終えて、洞窟近くにとってあった宿に戻ってからも、侃々諤々の議論は続いた。オレが1時間以上かけて懇切丁寧に説明をした甲斐もあって、何人かは納得をしてくれたが、それでも反対する人はまだいて、「小さく掘ったほうが楽だ」と言い張って聞かなかった。
しかし翌日、穴掘り作業を再開して、ものの数メートルも掘ったところで、全員が「吉田くんの言い分が正しい」と理解してくれた。実際に寝転がったまま掘ってみると、まったく掘れないことがわかったからだ。このときは持参した穴掘り用スコップが役に立った。
そのまましばらく掘り進めて穴が深くなると、今度は掘った砂をどうやって外に出すか、という問題が出てきた。そこで考えたのが、長いロープをつけた子ども用のソリに掘った砂を載せていき、ソリが砂でいっぱいになったところで、穴の外にいる人間がロープを引いてソリを引っ張り上げる、という戦法だ。 ロープを引っ張るほうも相当の力と気合が必要になるので、いつの間にか叫び声を上げながら作業をするようになっていた。
ソリが砂でいっぱいになると、最奥部のオレは入口の方向に向かって、大声で叫ぶ。
「ファイヤー!!」
すると穴の中の途中途中にいるメンバーが「ファイヤー!!」「ファイヤー!!」と入口に向かって伝達する。そして、入口にいるメンバーも、穴の中から合図の声が聞こえてきたら、「ファイヤー!!」と応えて、2人がかりで一気にロープを引っ張る。その繰り返しだ。
その日、安家洞の奥深くでは、朝から夜中までずっと、「ファイヤー!」という叫び声が響き続けたのだった。
ここまでの話を読んで、きっとほとんどの人が、次のように感じているのではないだろうか。
「真っ暗な洞窟の中、一日中穴掘りをしていて、飽きないのか?」と。
もっともな疑問である。
オレだって地面を掘ること自体は好きじゃない。ただ、当時は洞窟熱が異常なほどに高まっていたので、飽きることはまったくなかったし、未知の空間を見つけるためと思えばむしろ楽しかった。
しかし、ほかのメンバーは違ったようだ。穴掘り3日目、あるメンバーがこう言い出した。
「このまま掘り続けても、きりがないよ」
砂山の奥に未知の空間が続いている可能性は少なからずあったが、それがあと数メートル先なのか、それとも何百メートル先なのかはわからない。
それに、オレは先頭でガンガン掘りながら、亀裂に沿って右だ左だとやっていたので、「この先はどうなっているんだろう?」とワクワクしてしょうがなかったが、うしろの人たちはそうじゃない。
彼らは、「ファイヤー!」と聞こえたらソリを引っ張って、砂を捨てるという単純肉体労働を延々と繰り返すだけだったので、飽きるのも仕方のないことだった。
それでも、未踏の空間に到達できるかもしれないチャンスをここで放棄することはできなかったので、諦めムードのメンバーをほかの全員で説得して、何とか穴掘りを続けることになった。
だが、穴掘りが4日目、5日目と続いていくと、さすがにほかの人たちも限界に達したのか、5日目の作業を終えて宿に戻ったときには、オレ以外の全員が「もういいんじゃないか」と言い始めた。
「あと1日だけお願いします! あと1日だけ掘らせてください!」
オレは駄々をこねた。
考えてみればおかしな話だ。探検の主体である彼らが「もういい」「今回は終わりにしよう」と言っているのに、お客さんであるオレが、自分が続けたいばっかりに「もう1日だけ手伝ってください」とほかのメンバーを説得していたのだから。 ともあれ、オレの熱意が伝わったのか、それともあまりのしつこさに渋々ながら折れてくれたのか、「じゃあ、あと1日だけ、ね」となった。
穴掘り6日目。はじめのうちは、前日までと同じようにスコップで砂を掘っては、「ファイヤー!」と叫び、掘った砂を穴の外へ出す作業を繰り返していた。
ところが、あるところで、フワッとかすかな風が顔に当たった感触がした。 「もしや!?」と思ったオレは、目の前の砂の壁をスコップでもう一突き! すると、スポッと天井の砂に穴が開いて、壁の向こう側からこちら側へ、ものすごい風がブワーッと吹き込んできた。ついに貫通したのだ!
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