「世界一を常にイメージして、それに一歩ずつ近づいているホテル」というリッツ・カールトンのビジョンは壮大です。この夢の中に巻き込まれていくことの楽しさは、誰にもおわかりいただけると思います。リッツ・カールトンでは仕事をしていくことの意味をそこに見出しているのです。
この夢を実現するときに、最も価値あること、最も重要なことは、そこで働いている社員一人ひとりの成長です。成長することで、この夢の実現に巻き込まれる力がついてくるからです。
トップが「世界一になる」という夢をかかげ、その夢に自分が「巻き込んでもらっている」という意識だけでは、成長はありません。
成長というのは、トルネードの中で、グルグル回らされている立場から、自ら一緒になってトルネードを巻き起こす立場になっていくことです。この立場にならないと、夢の中に巻き込まれていることにはなりません。
夢に振り回されるのではなく、夢の中に巻き込まれていくためには、価値や楽しさといったものを、自分も一緒になって感じること。ここがスタート地点、つまり、原点です。
そのため、リッツ・カールトンの創業者であるホルスト・シュルツィ氏は、ことさらオリエンテーションを大事にしていました。それは、自分たちのビジョン、価値観、つまり、夢を共有する時間だからです。
しかし、時として、ビジョンの実現を阻む事態が起こります。
最大の障害は、目の前にいるお客様の思いに応えようと思っても、選択肢がない、あるいは非常に限られているという状況です。
「これができたらお客様の思いに応えることができたのに」「自分に権限があったら、それができたかもしれないのに」等々、限界を感じることがあるかもしれません。お客様に対して、もっと良いサービスができたはずなのに、そこにブレーキになっているものがあるのなら、それを外して、代わりにアクセルを入れてあげればいいわけです。そのアクセルになるものが、エンパワーメントなのです。
お客様にもっと喜んでいただきたい、しかし、そのためには金銭的な負担が生じることもあります。
アメリカの西海岸から東海岸まで、飛行機の当日券を買うと、80年代当時で、だいたい2000ドルでした。もし、2000ドルの決裁権が渡されていたとしたら、しかも自分がその持ち場を離れてもいいという権限が与えられていたとしたら、大事なお客様が、重要書類をホテルに忘れた場合、それをすぐに届けに行くことさえ可能になるわけです。
世界一クオリティの高いサービスが提供できる、つまり、自分たちの夢を実現することができるわけです。エンパワーメントというのは、そのための投資なのです。決して費用ではないのです。
エンパワーメントというのは、あくまでも「夢の実現のためのアクセル」なのです。
世界一を目指していく中で、「これをやってあげたい」と思ったときに、そこで発生する費用がブレーキにならないよう2000ドルの範囲で決裁権が渡されるのです。
おもしろいもので、現場で「君には2000ドルの決裁権がある。のびのび働きなさい」と言われたら、誰もが丹田に力が入り、背筋がビシッと伸びるのです。
これが、20ドルだったのなら、「はいわかりました」と、軽く即答でしょう。200ドルでも「そうですか、わかりました」と、平静でいられるのではないでしょうか。しかし、2000ドルと言われた瞬間、「信頼に応えなくては!」と、下っ腹にグッと力が入るのです。
「ここまで信頼されている職場で仕事ができる。ありがたい」という思いが、自分の中のスイッチをONにするのです。同時に、「これは迂闊には使えないぞ」というスイッチも入ります。「よし、バンバン使おう!」という思いがわいてこない。逆に使えなくなるものなのです。最後の手段として使わなくてはならないときに、初めて考えて使うことになるのです。
チームワークの底力
エンパワーメントを使わなくても、実際には、知恵とチームワークで大概のことは解決できるということに気が付いていきます。
たとえば、こんなイメージです。あなたが女性だとします。恋人とリッツ・カールトンのレストランで食事をしながらプロポーズされたら、「イエス」と答える確率は高くなることでしょう。
リッツ・カールトンのスタッフは、そういったときは特別なステージを用意してお迎えします。もちろん、これは他のホテルやレストランにもあるサービスだと思います。
しかしリッツ・カールトンは、より高度なおもてなしを提供するために、最強のチームワークを発揮します。
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