自転車を積んだ車で彼女と直島の美術館へ向かう

亜也華ちゃんに告白をした小森谷くん。彼女も小森谷くんのことを好いているようだが、付き合う、ということになるとなんだか様子がおかしいようで……?
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 こ、これはもしかして、いつものアレが来るのか……。

 嫌な緊張が、彼の体を奔り抜けた。

 やっぱりおれはアレなのか……。

 これから起こるいつものアレに、彼の全細胞は身構える。

「わたし……今、学会の準備でテンパってて」

 呼吸を止めた彼の目を、亜也華ちゃんがのぞき込んだ。

「だから、ちょっと、願掛けじゃないんですけど」

 その学会とやらを終えてから付きあいたい、というようなことを、彼女は可愛らしく言った。

「そしたら、わたしも、それを励みに頑張れるし」

 言葉を失っていた彼の目の前で、それでもいいですか? と、彼女が首を傾げた。

 嘘だろう、と彼は思う。

「うん」

 と、彼は呆然と頷いた。

 信じられない。

 これはちょっと、まじで信じられない。

 彼の脳細胞は活動を加速していった。

 いくつもの夜を越え、彼はこんな奇跡のような朝に辿り着いた。

 もし自転車に乗っていたなら、坂を駈け下りながら、好きだー、と叫んでいただろう。映画『耳をすませば』のラストのような気分だった。

 それからキスもせずに、二人はそれぞれの場所に向かった。だけど二人はもう恋に落ちていた。

 大学の研究室で、彼女は彼と付きあうことを励みに研究を頑張る。

 彼は職場で仕事に集中し、ときどき彼女のことを考える。

 その日が来るのを待ちながら。

 三ヶ月後、亜也華ちゃんが学会での発表を終えると、二人は車で景色のいいところに行った。

 彼は告白をやり直し、亜也華ちゃんは可愛らしく、それに応えた。

 幸せに打ち震える彼は、彼女のことを大切にしようと誓う。

 亜也華ちゃんは自転車を趣味にしていた。

 何にでもすぐに影響を受ける彼は、病み上がりのくせにロードバイクを買った。

 二人は車で鎌倉まで行き、そこからロードバイクで江の島へと走った。

 縦に並んで、海沿いの道を走る。江の島で神社にお参りすると、たくさんのネコがこちらを見ている。

 ネコ可愛い、にゃー、などとはしゃぐ亜也華ちゃんを見つめながら、ネコも可愛いがこの子は何て可愛いんだろう、と彼は感激する。

 彼女のアルバイト先での奮闘ぶりを聞いたとき、似たもの同士なんだな、と彼は気付いた。

 店のために、店のために、などと考えながらバイトするところが、彼女は彼に似ている。似ていて好きだとも思った。

 亜也華ちゃんは彼に似て、何かに一途になりがちな人だ。

 二人は一緒に映画を観に行き、ミスチルのライブに行き、読んだ本の感想を言いあった。

 最初から仲の良いカップルだった。

 付きあって半年が経ち、彼女の敬語がとれる頃には、もっと仲良くなっていた。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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