主賓のひとり、新潮社副社長郡司裕子のスピーチでオヤジの二十三回忌のセレモニーはお開きとなった。
あとは自由参加の立食パーティーだ。この御時世とは思えないほどの酒と食い物が揃っていた。
俺の知らない顔も多く、おふくろが呼ぶので自己紹介をすると、誰もが目を細めて、「面影がある」と涙ぐんだ。
「樋口先生から原稿をもらうのは至難の業でした。〝吉原のダイヤモンドクラブに俺の仕事場を作れ〟とか〝満島ひかりがしつこいから、俺と別れるよう説得してくれ〟とか」
「小森のおばちゃまと檀一雄のエピソードを話し出したことがあって。檀一雄がボツ原稿で埋まった部屋で頭を掻き毟っているところを小森のおばちゃまが原稿をもらいに行くんですけど、〝先生、いかがですか〟〝小森くん、いいところに来た〟。丹前の裾を広げて〝とりあえず、握ってくれ〟。檀先生、寿司屋じゃねえんだから!って笑いを取った後、私の目をじーっと見て、〝俺も檀一雄ごっこをやったらもっといい小説が書けるんだけどなー〟って」
「その話初めて聞きました」
おふくろの目が飛び出しそうだ。一同が沸く。
「韓国の慰安婦人形にガソリンをかけて燃やしたときは国際問題に発展した」
「あのときは私も妻として、弁護士として大忙しでした」
「あれで日中韓の戦争が早まったんだよなあ」
「自分の衝動に正直な人だった。誰もあそこまでエキサイティングに、破天荒に生きることはできない」
「惜しかったね。もう少し長生きしてくれたら、もっといい作品を書いたと思うし、お子さんの活躍も見られたのに」
「樋口先生は駆け抜けるような一生を送ったんですよ」
「すべては何があっても大いなる心で許してくれた、ふさこさんという良妻賢母のおかげだね」
懐かしむ声は止む気配がない。本来なら俺もこの人たちに感謝すべきだろう。しかし内なる苛々は沸点を迎えようとしていた。
樋口毅宏が今ここにいたら何と言っているだろう。
——ジジババが死人の過去を美化するんじゃねえ!——
唾を吐き捨てているはずだ。こうした馴れ合いの空気に泥水をかけ、NOを突き付けることが樋口毅宏イズムではなかったか。
オヤジが一生をかけてやろうとしたことを、こいつらは忘れている。さもなきゃ何もわかってない。
やるしかねえ。俺の手のグラスは熱を帯びて氷が溶けていた。壇上のマイクを奪い取る。間抜けなホログラフを映し出すサイコロを蹴飛ばした。
「なあ、おふくろ。後悔してないか? オヤジみたいな劣等遺伝子の子供を産んで」
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