樋口毅宏二十三回忌の厄災

2045年11月1日、樋口毅宏と三輪記子の長男・樋口一文が、強姦未遂の疑いが晴れ、出所した。折しもその日は奇人作家の名をほしいままにした樋口毅宏の二十三回忌。汚名ばかりの父の“あられもない姿”に放蕩息子は何を思うのか――
樋口毅宏さんの幼子のまさかの実名小説が、書き下ろし全3回で掲載。中編は、二十三回忌の会場にホログラムの樋口毅宏が現れて……。
劇薬小説『アクシデント・リポート』も特別掲載中! あわせてお楽しみください。

 会場である渋谷のアパホテル・ゴージャスに到着する。
 東京オリンピック後、供給過剰のため、高級ホテルは軒並み倒産したが、ここは生き残りに成功したひとつだった。

「樋口毅宏二十三回忌」の歓迎プレートの奥に、生前縁のある人たちが大勢出席していた。見れば小泉進次郎首相からも花輪が届いている。オヤジに人徳はなかったが、すべておふくろのなせる技だ。

 刺すような視線に気づき、振り返るとやはりフミだった。俺たちのところに来ておふくろに頭を下げた。

「お母さん、申し訳ありません」

 おふくろの笑みが小皺を作る。

「フミちゃんごめんな。おうちの人は怒ってるやろ」

 おふくろは気を許した人間には生まれ育った京都弁になる。フミには初めて会ったときから甘かった。俺より九つも上の、籍も入れていないのに女房面する女のどこが気に入ったのか。

「いえ、私が付いていながら、おかあさんごめんなさい」
「あんた毎日この子の面会に行ってたそうやね。恥ずかしい思いをさせてごめんな」

 嫁と姑のドラマを見せつけられて不快だった。俺はフミの細い腰に手を回した。

「なあ、久し振りにおまえのツラを拝めた記念によ、金を貸してくれないか」
「一文、これ以上フミちゃんに迷惑かけんといて」
「うるせえババアだな、フミ、頼むよ、懐が寒いと心もさもしくなっちまう」

 言うやフミのバッグから財布を奪い、北野武が肖像画に刷られた万札を引ったくった。

「かずちゃん!」

 俺は札をひらひらと眼前に振って悪びれる。

「そんな声を出すなよ。粋に遊ぼうって男の道行きを邪魔しちゃ、この人のお弟子さんだったおまえの親父さんも、草葉の陰で悲しむぜ」
「…………」

 おふくろが俺の頭を叩く。痛さから札を落とした。

「フミちゃん、甘やかしちゃダメや。もっと厳しく、かかあ天下で頼むわ」
「生前のあんたみたいにか」

 おふくろのそばに著名人が挨拶をしてくる。


 時間になり俺たちは所定の椅子につく。となりでフミの目が恨みがましい。そっと俺に訊ねてくる。

「あとで、ちょっと話したいことがあるの」

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2045年の樋口一文

樋口毅宏

2045年11月1日、樋口毅宏と三輪記子の長男・樋口一文が、強姦未遂の疑いが晴れ、出所した。折しもその日は奇人作家の名をほしいままにした樋口毅宏の二十三回忌。汚名ばかりの父の“あられもない姿”に放蕩息子は何を思うのか―― 樋口毅宏さん...もっと読む

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