こんな世界は、もう嫌だ。なのに、何もできない。……本当に?

【第13回】
あの大皿事件から早ひと月。
先輩の北島が大失敗し、「この場で腹を切れ」と上司に公開恫喝されていた。
こんな世界は、もう嫌だ。そう思った今村がとった行動は――。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!

 大皿事件から一か月、今村の会社では、大事件が起きていた。課長は朝からずっと、あらゆる罵詈雑言を用いて、人の存在を否定し続けている。

「なあ、おい、何とか言えよ、このクソ役立たずが」

 課長の正面で、じっとうなだれているのは、北島だ。別件でまた失敗し、今期二度目のシュレッダー係に任ぜられた今村は、シュレッダー前で直立したまま、横から北島の姿を見ていなければならなかった。

 先月、でかい契約を取ったと大ハシャギをしていた北島だったが、最後の詰めが甘かった。受注したオフィス用品の数量を一桁間違えて報告していて、どうあがいても納品が間に合わなくなってしまったのだ。

 当然、クライアントは烈火の如く怒り、社長部長課長が三人並んで、菓子折抱えて謝罪に行くこととなった。契約もすべてキャンセルで、下手をすると違約金まで請求されそうな気配だった。

「申し訳ありません」

 北島が何度頭を下げても、恫喝の雨は止まない。今すぐこの場で腹を切れ、俺なら首を吊って詫びる、など、物騒な言葉もぽんぽん出てきた。最初は、みな北島の自慢話に嫌気がさしていたこともあって、多少はいい気味だ、と思っていただろう。だが、あまりにも執拗すぎる課長の罵詈雑言に、全員が辟易していた。営業社員は我先にと外出し、内勤の社員たちはむっつりと俯きながら仕事を続けている。

 お前もシュレッダー係やるか、と言われて、北島がちらりと今村を見た。目が一瞬合うと、北島はバツが悪そうに視線をそらし、唇を嚙んだ。見る間に目が真っ赤になって、肩が震え出す。人の頭の中を読み取るような超能力があるわけではないが、後輩にこんな姿を見られる情けなさ、悔しさが、痛いほど伝わってきた。

 課長も、北島も、周りの社員も、そして自分自身も、見渡す限り、誰一人として幸せそうな人がいない。こんな世界は、もう嫌だ。嫌なのに、何もできない。歯がゆい。

 また、課長が両手で机を叩いた。大きい音がして、何人もの社員が肩をびくつかせた。課長の頭上では、神棚がゆらゆら揺れている。大きな木のお札は、倒れそうで倒れない。

 お札、と口の中で呟くと、今村ははっとした。自分が怒鳴られているときに、課長の頭に落ちてこないかと思ったお札は、今、正面左手にある。右に十センチほど動かせば、ちょうど棚から落ちる。その真下には、課長の頭がある。

 北島がミスをして、会社に迷惑をかけたのは確かだ。けれど、それをいいことに課長は言いたいことを言い過ぎる。何時間も立たせて怒鳴り続けるのは、もはや指導でも注意でもない。なんとかハラスメントの類のものじゃないか。

 これは能力の悪用ではない。やりすぎる上司への、天からの警告だ。今村は意識を集中し、お札の中に念を送り込んだ。少し遠いが、何とか動かせそうだった。

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