いつからか私にとっての笑顔とは、無言の処世術に変わっていた。

28年間のSMAPの活動とその思いを、数々の言動から振り返り、幼少期から三十代に至るまでのファンの女性の28年の歴史と共に纏めあげ、「アイドルとは、ファンとは何か」を問い直すアイドルとファンのノンフィクション書籍『SMAPと、とあるファンの物語』。本書を公開する連載、26回目。批判や否定も渦巻く中、稲垣を、4人はファンは待っていた。人生には、いい事もあるし、悪い事もある。でも、やるべき事が分からなくなる時もある。筆者は首都圏ではなく北海道の大学に進学したーー。

 スマスマが稲垣を欠いた状態で放送を再開したのは、それから1週間後のことだ。

 ビストロSMAPは大きく仕様を変えて中居を加えての完全個人戦スタイルになるなど、その不在はスマスマの制作現場に森脱退時以上の大きな影響をもたらしている。

 しかし守りに入って稲垣不在の穴を埋めるというばかりではなく、4人での放送期間にも番組ではいくつかの新コーナーが制作された。

 この時も「いなくなってもSMAPはいいグループなんだ」という心構えを決めていたのだと、後に中居は話している。

「見る側っていうのはどう見たって吾郎がいないわけだから。それは未完成で物足りないのはもうわかっているし、5人より4人の方がやっぱり、どう考えてもつまんない……それがわかってるからこそ『4人でもできるんだぞ』っていう気持ちで、そういう心構えで、物事を進めていかないと」

 その一方で中居は、ビストロSMAPでシェフデビューするにあたり、自分の制服の色をピンクにしてほしいとの希望も出していた。

 中居が参戦するにあたりすでに他の3人がそれぞれのメンバーカラーのシェフ・ユニフォームを身にまとっている中、新しく制服を製作することになった中居は、本来自身のメンバーカラーである青ではなく、あえて不在である稲垣のメンバーカラーのピンクで作りたいとスタッフに申し出ていたのである。

「いつでも帰ってもきていいよ、と、いつでも帰ってきてくれ、という体勢は、常にとっておきたいなって思う」

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SMAPの28年間の活動と、とあるファンの女性の28年間。決して交わることはなかった。でも、支えられていた。そんな両者の紆余曲折の歩みから見えてくる、アイドルの“意味”。アイドル文化が生み落とした新世代の書き手によるSMAPとそのファンのノンフィクション。

この連載について

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SMAPとそのファンの物語—あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど

乗田綾子

転校を繰り返し、不登校にもなってしまった。思い焦がれた上京は、失敗した。願ったとおりの現実を生きるのは、難しい。だけど――。小学校低学年から30歳に至るまで、とある女性の人生にずっと寄り添っていたのは、親でも彼氏でもなくアイドルだった...もっと読む

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utsuwa 《アイドルの音楽が好きだと言うと馬鹿にするように笑う人がいる。イメージでそんな風に笑われる音楽なのかもしれないが、私が聴いてきたアイドルの歌声は聴く者に何かの心の揺れを与えはしても、存在や感情の優劣を求めることはしない。》 https://t.co/eimNgkEVdO 2年弱前 replyretweetfavorite