気がつけば彼女がいない歴は5年になっていた

小森谷くんは、文通をしていた亜也華ちゃんが帰国するというので、空港まで迎えにいくことにした。2年ぶりに再会した2人。亜也華ちゃんのことを好きになっていた小森谷くんは、この機会を大切にしようと意気込む。
末期がんを宣告された男性の❝ありそうでなかった❞半生を描いた、『小森谷くんが決めたこと』を特別掲載!

 二〇〇八年の春、小森谷真は成田空港にいた。

「あ! モリくん!」

「おー! こっちこっち、こっち!」

 彼は夢中で手を振った。スーツケースを抱えた野田亜也華ちゃんが、搭乗口から出てくる。

 新宿の深夜バスターミナルで手を振りあって以来、およそ二年ぶりの再会だった。

 京都と千葉で手紙をやりとりし、スイスと東京でもやりとりし、退院してからはときどき電話もした。

 写真も見せてもらって、会いたくなって、まあ、相変わらずといえば相変わらずなのだが、彼は亜也華ちゃんのことを好きになっていた。

 今回は大切にいこう、と彼は自分に言いきかせる。

 髪もすっかり伸びたことだし、今回は大切にいかなければならない。彼の“彼女いない歴”はすでに五年を過ぎている。

 小学生のときから、一か八かで告白して、玉砕することが多かった。

 告白するんじゃなくて、口説くんだよ、と土岸がエラそうなことを言っていた。

 確かに考えてみれば、告白などというものは、“ノーを言うチャンスを相手に与える”行為なのだ。

「じゃあ亜也華ちゃん、行こうか」

「はい。よろしくお願いしまーす」

 成田から彼女の家まで、車で送っていった。

 車中ではスイスのことや研究の話を聞いた。

 スイスの話はとても楽しく、研究の話は難しくてよくわからなかった。ミスチルの曲をかけると、懐かしいー、と、彼女は笑った。

 自分は亜也華ちゃんのことが好きなんだな、と彼は再確認するように思った。

 考えてみれば京都に旅立つとき、手紙をもらったあのときから、好きだった気がする。

 いや、バイトをしている頃から好きだったのかもな、などと彼は相変わらずなことを思う。

 おそばが食べたいです、と彼女が言うので、国道沿いのそば屋に入った。彼は鴨南蛮そばを頼み、亜也華ちゃんはなめこおろしそばを頼んだ。

 おそば久しぶりー、美味しいー、と言いながら彼女は微笑んだ。

 次の瞬間、泣き笑いの表情になった。

 よかった、よかった、と、彼女はそばを啜りながら泣いた。

 凄く心配してたの。

 よかった。会えてよかった。よかった。

 亜也華ちゃんが泣くので、彼もつられて泣いてしまった。

 温かな鴨南蛮は、とても優しい味がした。

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余命2か月といわれた男—小森谷くんが決めたこと

中村航

僕、余命2ヶ月って言われたんですよ。でも、生き残っちゃいましたけど――。末期がんを宣告された30代男性の“ありそうでなかった”半生を、「100回泣くこと」の著者・中村航が小説化!

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