記憶のありようと似た小説は人生そのもののよう

2016年に、第154回芥川賞を受賞した滝口悠生さんの新作『高架線』。ヒーローも派手なエピソードもない、西武線沿線の古いアパートという、地味な舞台で繰り広げられるお話ですが、文章を追うだけで味わえる楽しさがあります。その魅力の源泉はどこにあるのでしょう。
前編では、小説は狭い視点に抵抗するものであってほしいと語る滝口さんの小説観に迫ります。

文章を追うだけで、おもしろければ最高

文学でこそ、できること。それを追求している格好の例となる一冊が刊行中だ。

高架線
「高架線」滝口悠生

話の中身を追うとしたら、こんなことになる。
風呂トイレ付きで家賃3万円の格安アパート「かたばみ荘」は、東京・西武池袋線の東長崎駅から徒歩5分のところにあった。
大学の先輩から部屋を譲り受けるかたちでここに住み始めた主人公をはじめ、失踪してしまう男やその幼馴染みなど、話者がどんどん転換しながら、かたばみ荘に薄く濃くかかわる人々のまわりに起こる出来事が綴られていく。

言ってしまえば西武池袋線の格安アパートとは、ずいぶん地味な舞台設定である。続々と登場する人たちも、いまどきの市井の人たちといった趣。ヒーローやヒロイン然とした人は、見当たらない。派手なエピソードも、そうそうない。
それなのに、現実の様子や、わたしたちが味わう感情の機微がそのまま写し取られていると、なぜか私たちはうれしくなる。
「そうそう、その感じ、よく知ってる!」
と声を上げそうになる。

文章を追うこと、それ自体がおもしろい! 
読み手に、そう感じさせる力が、どのページにも満ちている。それって最高だ。

かたばみ荘は木造の二階建てで、一階と二階に二部屋ずつがあった。

私は群馬の高崎で育って、今も実家に両親がいる。両親はふたりとも中学校の教師で、職場でどんな教師だったかはよく知らないが、自分の子どもに対してはつまらないことしか言わない人たちだった。

困った人だね、と店主は言って、エプロンを外すと、冷蔵ケースからビールを持ってきて、自分のグラスと、俺のグラスと両方に注いだ。

(『高架線』より)

大して何も起こらないのに、気づけば夢中で文章を追っている。純粋に「読む楽しさ」を味わえるのが滝口さんの小説です。なぜそうした作品を書くのでしょう。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

思い出すことで、見出され、つながっていくもの。 注目の芥川賞作家、初めての長篇小説。

高架線

滝口 悠生
講談社
2017-09-28

この連載について

初回を読む
文学者の肖像

山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

reading_photo 「文学者の肖像」最新シリーズは、滝口悠生さんの文学をめぐってのお話。明日、後編リリースです。まずは今週公開となった前編をどうぞ。 約3年前 replyretweetfavorite

meryl_m 『高架線』を読み終えてからまだ日が浅いので、内容を思い出しながらふむふむと頷いているところ。 約3年前 replyretweetfavorite

takoguchiyusho 山内宏泰さんによるcakesの連載「文学者の肖像」で取材していただきました。前・後編の前編。一週間くらいは無料で公開されてるんだったと思います。 https://t.co/u4ILOPOWQp 約3年前 replyretweetfavorite

gunzo_henshubu 滝口悠生さんの『高架線』インタビューがcakesに掲載されました。今日は前編「 約3年前 replyretweetfavorite