私をお救いください」すがる老人の望みとは

【第11回】
「私をお救いください」とすがりついてきた老人。
今村の超能力を見込んでやって来た高名な陶芸家らしいが、その望みとは……。
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!

 せっかくの日曜日、今村はわざわざ早起きをして美術館に向かい、大人一枚六百円というチケットを購入した。美術品などに一切興味のない人間が、さほど大きくもない美術館に六百円を支払うのは、かなり勇気が必要だった。薄暗い施設内には、金持ちのオーナーが個人的に集めた絵画や工芸品、書などが展示されている。私設の美術館らしいが、無駄に凝っていて、妙に腹立たしい。

「よく来てくださった」

 いきなり声を掛けられて、今村は思わず肩を震わせた。背後には、またあの老人が立っている。何度見ても、慣れない強面だ。

 数日前の夜、事務所を訪ねてきた老人は、駐車場でいきなり土下座をし、自分を救ってほしいと、すがりつかんばかりに懇願してきた。今村は動揺のあまり頭が回らず、詳しい事情も聞かないまま「日曜日に美術館に行く」という約束をしてしまった。もちろん、デートのお誘いなどではない。

 老人は、津田光庵(こうあん)と名乗った。調べてみると、県内出身・在住の高名な陶芸家で、小さな皿一つに十万円以上の値が付くようなすごい人だった。普段は、山の上の窯(かま)で、冗談ではなく本当に仙人のような生活をしているらしい。

 津田は鬼のような顔を精一杯やわらかくしながら今村を先導し、目的の部屋へといざなった。今村と津田以外、来館者の姿は見当たらない。館内は静かで、係員の姿もなかった。津田はまるで自分の家のように、ずかずかと進んでいく。辿り着いたのは、数々の陶磁器が飾られている部屋だ。

 部屋の中央に、大きな皿が一つ置かれている。一メートルほどの高さの台座の上に黒い絹のような光沢のある布が被せてあって、大皿が立った状態で固定されている。周りはガラスケースに囲まれていて、触れることができないようになっていた。

「この皿をご覧いただけますか」

 津田は皿を指さし、ため息を一つついた。案内板には、「津田光庵作・焼き締め大皿」との紹介が書かれており、津田の若い頃の作品であること、野趣あふれる荒々しい作風が特徴的、といった説明が添えられていた。

「なんか、陶芸とか僕はよくわからないんですけど」

「これは最低です。最悪の作品です」

 津田の話というのは、こうであった。

 四十年ほど前、津田がまだ陶芸家として未熟だったという三十代の頃、窯を訪れた男が、廃棄予定の皿をいたく気に入って購入を願い出た。津田にとって到底満足のいく作品ではなく、人前に出すのも憚(はばか)られるような品であったが、まだ収入の少なかった津田は、生活のためにやむなく皿を売った。当時、皿一枚としてはかなりの額を手にしたという。

 その後、年月を重ねて自らの作風を確立し、津田の作品は高く評価されるようになった。だが、最近になって、津田はかつて売ってしまった失敗作が、とある美術館に展示されていることを知った。皿を買っていったのは美術品好きの大地主で、自身のコレクションを展示する私設美術館を建てていたのだ。目玉のひとつとして展示したのは、地元の大家、津田光庵の若き日の大皿だ。悔恨の一作が展示されていることに、津田は愕然としたのだそうだ。

「若い頃は、なかなか作品が認められずに苦しんだことがありました。私を認めない世間が悪いのだと怒ったこともありましたし、同世代の作家に嫉妬心を持ったこともありました。この皿には、私のそういった醜い部分が、すべて込められてしまった。殺伐としていて、傲慢です」

「そういうもんですか」

「私にとってみれば、自らの恥部を皆さまにさらけ出しているようなものです。皿だけに」

 本気なのかなんなのか、津田はさらりとダジャレを混ぜ込んできたが、笑ってやる余裕はなかった。

「はあ」

「もちろん、自身で解決しようと、美術館の方に買い取りを打診したこともありましたが、売却は拒否されたのです」

「なぜです?」

 津田が言うには、オーナーは若き日の津田の才能を見抜いた自分の眼力を誇りにしていて、この皿を手放す気はないらしい。要するに、俺の目は確かだっただろう、と自慢したいわけだ。それで、これ見よがしに美術館の目玉に据えているのだ。

「なるほど、それは、なんか嫌ですね」

「この皿があることで、一生を懸けて築き上げてきた私の哲学が噓になってしまう。ひいては、私そのものも生きる価値をなくしてしまうのです。一日でも早く処分しなければ、私は生きていけない」

 そんな大げさな、と思ったが、津田は本気でそう思っているようで、力なく肩を落とし、うなだれていた。芸術家というのは大変なんだな、と、今村は変に感心した。

「で、僕は何をすればいいんですか」

「皿を割っていただきたいのです。その、今村さんの、不思議なお力で」

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shueisha_bungei 11月24日に単行本発売予定の行成薫さん『 いきなりの、土下座! 日曜を除く毎日更新予定です。 3年弱前 replyretweetfavorite