「たぶん、念みたいなものを送り込んで、動かしてるんだと思います」
「思います、じゃねえよ。お前なんなんだよ、テレビ出れるだろ」
「いやあ、無理ですよ。マジシャンの方がすごいことやりますし」
「もう一個なんかやれよ。皿動かしてみろ、皿」
それが、と、今村は口籠(くちごも)った。
「この、力を使うのって、結構、集中力がいるんですよ」
「おう、そうだろうな。超能力だもんな」
「一回使っちゃうと、もう疲れちゃって、しばらく集中できなくなっちゃうんです」
「は?」
「一日一回が限度で」
「なんだよ、その貴重な一回を、醬油ごときに使うんじゃねえよ」
「すみません」
「じゃあ、明日になれば、もっとすげえもん動かせたりすんのか。その辺に停まってる車とか、事務所に置いてある複合機とか」
今村は、俯きながら、首を横に振った。
「いや、自分が右手で持てる重さのものじゃないと無理です」
「なんだよ、じゃあ、どんくらい動かせんだよ。どこまででも動かせるのか?」
「右に」
「右?」
「右に、十センチくらいだけ動かせます」
いささか興奮した様子だった北島の顔が、みるみる萎えていくのがわかった。
「右だけ?」
「はい、そうです」
「左とか前後はダメなのかよ」
「はい、自分から向かって右にだけ」
「じゃあ、離れてるもんでも動かせるのか?」
「いや、どうでしょう。いいとこ二、三メートルくらいだと思います」
だから嫌だったんだ、と、今村は厨房のオバちゃんに視線をやった。どうして急に人にばらしたのか、と恨めしくなる。自分の力で動かせる程度の物体を、自分から見て右に数センチだけ動かす能力。世界を救うどころか、今村の超能力はイマイチ使い道がわからないのである。
「それじゃ、歩いていって、手で持って動かした方が早いじゃねえか」
「そうですね。基本その方が早いので、滅多に使わないです」
「あのさ」
「はい」
「何の役に立つんだ? その超能力」
そんなことはこっちが聞きたい、と、今村はため息をついた。
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