第34回 電通、キャノン販売、アップル、それぞれのマッキントッシュ。

アップルジャパン社長の福島が提案した「日本版マッキントッシュ」にジョブズは猛烈に反対しました。それと同じ頃、マッキントッシュ事業部の海外マーケティングのマネージャー、ジョアンナ・ホフマンが電通を訪れます。電通では、この米国の急成長企業の日本進出にアプローチするために、急遽営業と制作を交えたミーティングがセットされました。制作の代表としてその席に着いたのは、鈴木八朗というアートディレクターです。47歳になる鈴木八朗は、これまで国鉄の「エキゾチックジャパン」というキャンペーンコピーにワープロのジャギー文字を使用するなど、斬新な試みで注目を集めていました。


登場人物たち


スティーブ・ジョブズ 言わずと知れた、アップルコンピューターの創業者。1976年に創業し、1980年に株式上場して2億ドルの資産を手にした。その後、自分がスカウトしたジョン・スカリーにアップルコンピューターを追放されるが、1996年にアップルに復帰。iMac, iPod, iPhone などの革新的プロダクトを発表しアップルを時価総額世界一の企業にする。

水島敏雄  東京で「ESDラボラトリー」という小さな会社を営む。マイコンの技術を応用し、分析、測定のための理化学機器の開発を行うために作った会社で、ESDという名称は、 Electronics Systems Development の頭文字をとっている。東レの研究員として働いていた時代から大型コンピュータや技術計算用のミニコンに通じており、マイクロコンピュータの動向には早くから注目していた。ESDは日本初のアップルコンピューターの代理店となる。

『スティーブズ』

曽田敦彦 構造不況の中、業績が芳しくない東レが、「脱繊維」を掲げ新分野として取り組んできたのが磁気素材の分野だった。ソニーのベータマックス用としてはさらに薄地で耐久性のあるテープ素材の開発が必要で、45歳になる曽田はこのプロジェクトの中心として部下に20名以上の研究員を従えている。地味で根気のいる仕事ではあったが、東レがハイテク新素材メーカーへステップアップする上でこのプロジェクトは重要な意味を持っていた。

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林檎の樹の下で -アップルコンピュータジャパン物語- ✕スティーブズ外伝

うめ(小沢高広・妹尾朝子) /斎藤 由多加

ふたりのスティーブ、ジョブズとウォズニアックが設立したアップルコンピューターは、1977年4月、サンフランシスコで開催されたウェストコーストコンピュータフェアに出展した。ジョブズがこだわりにこだわったベージュ色の本体の数が足りないので...もっと読む

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コメント

hamakihito いいなこの日系地球人て呼び方。 “いよいよ国際化時代になると、我々はこれまでの日本人じゃ駄目なんですよ。日系地球人にならなきゃならないんですよ、きっと” https://t.co/fQhol4NiWE 約2年前 replyretweetfavorite

uryan うめせんせーのアップルコンピュータ物語の連載に八朗が出演させてもらえてて嬉しいー!^^ 父の顔が漫画になってるのウケるww 似顔が晩年のポートレートからっぽくて、うめせんせー、言ってくれたら当時くらいの八朗の写真あったのに…! https://t.co/KBQJzwmAxp 約2年前 replyretweetfavorite