「とにかくですね、犯人は卒業生なのです。在学中に偶然、あの缶を見つけたのかもしれませんし」
「卒業生って言っても、遡れば千人以上になっちまいます。なんとか絞りたいとこですね」
「小屋が建った七年前に在学していた子ですが、あの深さというと、一年生や二年生の時に掘った、ということではないですね」
「かと言って三十年前でもないですよね。犯人はかなりの確信を持ってあそこを掘ってる。大昔の記憶だけじゃとても」
「では、四年前から二十年前までの卒業生に絞りましょう。……ところで設楽さん。この車、動きが変です。ガソリンがないのでしょうか」
「サイドブレーキが思いっきりかかってます。……あの、ボタンを押しながら下げるんです。いえ、ですから押しながら。……もしかして警部、『親指でボタンを押しながらレバーを動かす』っていう動作、できないんですか?」
「こうですね。えいっ……ひゃっ!」
「うおっ!……ベタ踏みのままサイドブレーキ切る人がいますか!」
ほんの五分前あれほど鋭かったのに、車に乗った途端にこれである。この人は二重人格なのだろうか。それとも双子の姉妹がいて、この五分の間にこっそり入れ替わっていたのだろうか。ちょっと訊いてみたい。……それと、そのメーターは回転数を示すもので、速度計ではない。
とにかく、できる限り捜査対象を絞らなくてはならなかったが、手がかりはなかった。助手席で怖がっていてもどうしようもないので、俺は中町小学校に電話を入れ、副校長の堀之内氏と用務員の林さんに、あの小屋が建つ前のことを訊いてみた。だがヒントになるような話は何もなく、あの場所を掘っていた児童に関しても心当たりがないらしい。それに七年前にいた教師はすでに転任で各所に散らばってしまっている。どこからあたればいいのかは皆目見当もつかなかった。
俺は携帯で話しながら、知らないうちにダッシュボードをかりかり掻いていた。焦っても始まらないのは分かっている。だが、こうしている間にも犯人は行動を起こしているかもしれないのだ。
「落ち着いてください。焦っても……」海月はハンドルにかじりついたまま言う。
「分かってますが」
「まずは堀之内先生に話を聞きましょう」海月の方は、運転以外に関しては落ち着いていた。「優先的に調べるべき卒業生からあたるべきです。うまくすれば、容疑者が数人に絞れるかもしれませんよ?」
「数人に?」海月の運転にぎっこぎっこと揺すられながらだったので、俺は聞き間違えたかと思った。「どういうことです。優先的に調べるべきっていうのは……」
「まず、調べるべきは」海月は前方を凝視したまま言った。「飼育係だった子です」
中町小学校に戻っても、堀之内氏はなかなかつかまらなかった。学校はまだ混乱しており、人手と現場指揮のため、彼はあちらこちらに移動しているらしい。俺たちは職員室を訪れたら校庭ですと言われ、校庭を捜しても校長室ですと言われ、なんだか意地悪なゲームをしているような気分になってきた。事務室で彼をつかまえたのは到着から三十分後である。
「……つまり、その時に見つけたかもしれない、と?」
「そうです。小学生の子供が、裏庭のあんな場所に一メートルにもなる穴を掘る機会というと、死んだ飼育小屋の動物を埋める時くらいしか思いつかないのです。担当するのは飼育係の子です」
「ですが、飼育係といっても……」
堀之内氏は疲れているのか、悩みながら事務机に腰を下ろした。児童同様、職員もできる限り避難しているので、事務室は今、ほとんど空である。「人数的にかなりたくさんいますし、そもそも何年卒業なのか」
「あの場所に動物を埋めた年です。毎年ではないはずですし、七年前付近なら、当時、飼育係の顧問だった先生が御記憶かと」
堀之内氏は残ってパソコンに向かっていた職員の女性に「誰でしたっけ、七年前」と尋ねた。五十歳くらいのその女性は氏より学校のことに詳しい様子で、少し悩んだだけですぐに答えた。「ほらあの先生ですよ。転任されたけど、ええと相馬先生って、ちょっと大きい」
「ああ相馬先生」
「演歌の、ほら、天童よしみに似た」
「ありゃどっちかって言うと、相撲のほら、魁皇【*現・浅香山。天童よしみには似ていない。】とかでしょう」
でかいことは分かった。正直のところどっちでもいいが、とにかく知っていることは確からしい。
俺はああでもないこうでもない、と言いあう二人を中断させた。「とにかくその魁皇先生、連絡が取れますか」
「天童よしみだと思うんですけどねえ」事務の女性はそう言いながらもデスクの上のパソコンをいじり、連絡先を探してくれた。「副校長、これお見せしても?……はい。じゃ、こちらです」
副校長の堀之内氏も事務のこの人も覚えていた上、二人の反応からするとそう評判の悪い先生ではなかったようだ。事務の女性が言った「いい先生ですよ。子供好きで」という評価はあまりに大ざっぱだったが、とにかく俺たちは相馬教諭の転任先の電話番号を教えてもらい、無事、事務室を出た。
携帯で電話をかけると、相馬教諭は最初から警戒した様子だった。「警察が何の用だ」という顔をしているのが見えるようだったが、事情を話すと、分かりました、と言ってくれた。現場を見れば、埋めたのが何年前だったか、はっきりしたことが思い出せる、という。迎えに伺います、という俺の申し出を、相馬教諭は「自分で行った方が早い」と断ってくれた。
──中町小のあの子たちの中に、犯人がいるとおっしゃるのですか。
「まだ分かりません。ですが……」
──いえ、分かりました。急がないといけません。あの子たちが犯人だとしても、そうでないとしても。
「あの子たち」と言う相馬教諭は、当時の子供たちの顔を思い浮かべているに違いなかった。俺は、この先生なら希望が持てる、と思った。犯人が飼育係なら、この人がきっと顔を覚えている。
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