「体の中にあった腫瘍は全てなくなりました。治療はこれで終了ですね」
「……はい、ありがとうございます」
体の奥から安堵の気持ちがあふれだしてきた。
辛い治療や、先の見えない不安や、生命の危機から解放された喜びが、やがて彼の全身を怒濤のように駈け巡る。
「……ありがとうございました」
深々とお辞儀をして、彼は病室を出た。一歩一歩を噛みしめるように、病院を出る。
突き抜けるような眩しい青に呼ばれた気がして、空を見上げた。
きれいな空だった。
そうだ、うん、そうだよな、と彼は思う。
世界はこんなにも美しく、こんなにも大らかで、こんなにも優しい。
映画『ショーシャンクの空に』のラストのような気分だった。
病という抑圧からの解放──。
生まれてからちょうど二十九年。
もしかするとこの二十九年で一番、今この瞬間が嬉しいかもしれない。
駐車場に置いてあった車に乗り込み、運転席から電話をかけた。
喜びや、感謝の気持ちに包まれながら。
「真……よかったね」
母親は涙声で言った。
もしかしたら母は、電話を切った後、思い切り泣きだしたかもしれない。
「ああ。そうか……よかったな」
土岸は電話口の向こうで、しばらく黙った。
すうー、すー、という土岸の呼吸音を、彼はしばらくの間、黙って聞く。
「けど、お前、仮病だったんだろ?」
土岸のにやつく顔が目に浮かんだ。
「ああ、そうだな」
ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、と二人はしばらく笑った。
彼はそのまま電話をかけ続けた。
弟や、最近携帯を持つようになった祖母に。バカな友人たちに。かつて好きになった女の子たちに。
心からの感謝を伝えたかった。
迷惑や心配をかけて申し訳なかったが、おかげさまで治りました。
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