俺がカッコ悪いのは髪が薄いからじゃない。信念を曲げたからだ

【第6回】
あの無法者の痴漢男と、ふたたび出くわした金田。
さわられておびえる女性を目にして、金田の正義の心が燃え上がる。
今度は、もう、屈しない!
小説すばる新人賞作家・行成薫が描く、先読み不能の「超能力」エンターテインメント!


 女性の異変には、周囲も気づいているように見えた。だが、誰も男をとがめようとしない。視線をそらしたり、疲れて眠っているようなふりをしている。みな、男の風体を見て、恐れているのだろう。

 胸の中の正義の心が、悪を許すまじ、と憤っている。だが、超能力も使えず、協力者も現れそうにないこの状況で、二回りは体のでかい無法者をねじ伏せることができるだろうか。到底無理であるようにも思える。

 外は暗い。車窓には、金田自身の姿がしっかりと映っていた。乱れた髪。くたびれた顔。目に力はなく、毛髪にも力がない。腐った玉葱のようにしなびている。カッコ悪い。まだ、二十七歳なのに。奥さんはおろか、彼女もいないのに。

 そう言えば、ほんとに顔がじいちゃんに似てきた。先日見たばかりのしわしわのじいちゃんの姿が隣に重なる。俺はまぎれもなくじいちゃんの孫だな、と笑ってしまうほど、目元口元はそっくりだ。不本意ではあるが、年々頭も似始めている。同じような顔、同じような頭。背が低くて、男らしくない華奢な体格。

 なのに、道着を着たじいちゃんはカッコよかった。

 車窓には、目を閉じ、唇を嚙んで屈辱に耐えている女性の顔も映っていた。今度は、女子高生の姿が目に浮かんで、像が重なる。金田に向かって真っ直ぐに指を差し、涙を浮かべながら「痴漢です!」と叫ぶ。さらに隣には、先輩社員が見下したような顔で金田を見ている。ハゲはすっこんでろ、と暴言を吐く。

 —信念を持った人間は強い。カッコいい。

 脳が見せる幻覚のような記憶の中で、じいちゃんの言葉がずしんと響いた。俺、カッコ悪い。なんでだ? 髪の毛が薄いから? 能力が使えなくなった役立たずだから? 違う。信念を曲げたからだ。

 目の前には、恐怖に震えるか弱き女性がいる。電車を降りて、男の手から逃れたとしても、きっと今夜は安らかに眠ることはできないに違いない。もしかしたら、明日から電車に乗れなくなってしまうかもしれない。

 そんなの、許せるか?

 金田は勇気を出して震える手を伸ばし、男の腕をそっと摑んだ。瞬間、男はびくんと肩を震わせて固まった。

「やめろ」

 男の目を見ながら、腕を動かす。金田の倍はありそうな太い腕が、金田の動きに合わせてゆっくりと女性の尻から離れ、本来あるべき体側に戻った。

 男は、ちっと舌打ちをすると、金田の声に反応した周囲をぎろりと睨みつけた。潮が引くように、またざっと視線が散る。金田も、体が硬直し、恐怖で頭が真っ白になった。

 その瞬間だった。男の腕が金田の喉を摑み、体を吊り上げた。満員電車のどこにこれほどのスペースがあったのだろうと思うほど、一斉に人々が距離を取る。金田は電車の扉の辺りまで押し込まれて、身動きが取れなくなった。踵(かかと)が浮いていて、力が入らない。

「てめえ、舐めやがって、コラ」

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