小説は子供にとってのドラッグ—読書と道徳

不道徳なお母さんライターが、日本の「道徳教育」のタブーに踏み込み、軽やかに、完膚なきまでに解体する新連載スタート!
子どもへの「読み聞かせ」等々、いまでこそ教育にもよいとされている「読書」ですが、明治時代の日本では、小説は子供にとっての「毒」(!)とされていたようで……

戯作者、近代国家にシメられる

実学を重んじ、風俗改良を求める風潮のもと「人心をまどわすウソ」として小説(戯作)排斥の声が高まっていた文明開化期だが、実際明治初年代にどれほど小説の数が減ったのだろうか。

徳田秋声「明治小説文章変遷史」(大正3年)によれば、明治10年までに出版された小説は「魯文の『仮名読八犬伝』『西洋道中膝栗毛』『安愚楽鍋』『胡瓜扱』、万賀亭応駕の『釈迦八相倭文庫』五十九六十、二代目春水の『時代加賀実』四十編乃至四十五編及び松村春輔の『復古夢物語』『春雨文庫』『近世桜田紀聞』を挙げたらそれで尽きる」という。10年間でたったそれだけ?と驚くような少なさだ。そして徳田秋声曰く、そのうち明治時代に合わせて文体と内容を変えたのは仮名垣魯文だけだったらしい。

時代に合わせてひらがなを多用した柔らかい文体を採用し、文明開化のネタ化で生き延びたタフな仮名垣魯文も、明治5年に教部省(現在の文部科学省)の呼び出しをくらうことになる。教部省は当時、「敬神愛国」などの皇国思想を普及させるために「三条の教憲」を発令し、国民教化の手段として大衆文化の担い手に目をつけていた。『新聞輯録』第30号(明治5年5月)によれば、歌舞伎役者、噺家、講談師、義太夫など東京の芸人たち30人ほどが呼び出しを受けたようだ。あくまで「御諭示」にすぎないとしても、一介の戯作者が国家の意思を忖度しないわけにはいかない。事実上の言論統制である。

戯作者として呼ばれた仮名垣魯文と山々亭有人(条野伝平)はあわてて「ハーイ、今後は作風を変えてまじめな文章を書きマース」(「爾後従来の作風を一変し、恐れ乍ら教則三条の御趣旨にもとづき著作仕る可しと商議決定仕り候」)という主旨の反省文、じゃなかった答申書「著作道書キ上ゲ」を提出した。「著作道書キ上ゲ」で2人は、文明開化で戯作が妄言として卑しめられるようになったために、戯作者は自分たちを含めて4,5人しか残っていないと訴えている。そのうち2人のトップ作家が転向を申し出たのだから、これは戯作の終焉宣言に近い。

魯文は答申書の提出の3か月後に横浜に転居し、明治6年頃に神奈川県権令(副知事)の要請で県民を教化するため、神奈川県庁の雇員となった。職業を差別されすぎて「下劣賤業ノ私輩」と自らを卑しんでいた魯文は、名誉回復の機会とばかり、張り切って羽織袴姿で県内各所を遊説する。しかし県民の戯作者に対する視線は厳しかった。「アレで教育の説諭も可笑しい」「大事な息子を皆放蕩者に仕上げるだらう」といううわさ話を偶然耳にした魯文は、自分はオモシロの道で生きていくしかないとしみじみ思い知り、官吏の職を辞す。

魯文、ゴシップ作家として復活

明治8年、魯文はふりがなつきの大衆向け小新聞「仮名読新聞」を創刊する。芸者たちの女子トークを猫に見立てて洒脱に描いたコラム「猫々奇聞(みょうみょうきぶん)」でさっそく人気を博したというから、やっぱりたくましい(現代なら「実録!ニャンニャン嬢報部」って感じでしょうか)。当時の小新聞は政治・社会問題を漢文調で論じるインテリ向けの大新聞とは違い、ゴシップなどを扱う下世話メディアだったため、魯文も生き生きと筆をふるうことができた。他の戯作者たちも同様に小新聞の記者に転じ、大衆の興味をひく記事執筆に活路を見出す。

明治12年、魯文は実在の女性殺人犯をモチーフに、8年ぶりとなる小説『高橋阿伝夜刃譚』の連載を「仮名読新聞」でスタートする。これは「虚」(=ウソ)ではなく「実録」という体裁をとったが、実際には一人しか殺していない女性を連続殺人を犯したしたたかな毒婦として描いているので、盛りに盛っていることは間違いない。単行本化された『高橋阿伝夜刃譚』はベストセラーとなり、他の小新聞も連載小説を扱うようになる。実録小説という形で生き延びることができた戯作小説だが、事実性を担保とすることでゴシップと判別しがたくなったのは否めない。

小説は女子供にはわからない?

「小説」が芸術の一ジャンルを指す語として再生するのは、坪内逍遥『小説神髄』(明治18~19年)発表以降のことである。坪内逍遥は源氏物語をはじめとする物語、浄瑠璃、戯作を新しい「小説」にいたる歴史の流れの中にまとめ、さらに従来の小説排撃について以下のように語る。

唐山の人々が小説を指して誨婬導欲と罵りたりしは、『金瓶梅』もしくは『肉蒲団』等の評なるべく、我が国俗が物語を擯斥して風儀を紊すの書なりといひしは、男女の痴情の隠微を写して鄙野婬猥に流れたりし情史の類を指すものならむ。然り而して『金瓶梅』、『肉蒲団』ならびに猥褻なる情史の如きは、是れ似而非なる小説なり。まことの小説とはいふべからず。(……)『源語』の或部分が猥褻なりしも、また是れ藤原氏専権以来の文弱の弊のしからしめしものなり。豈にたゞ作者を咎むべきやは。
『小説神髄』坪内逍遥

坪内逍遥は、西洋伝来の「小説」の価値を説くにあたり、中国や日本で小説が罵られたのは、小説といえば『金瓶梅』『肉蒲団』のような官能小説、男女の痴情を描いた人情本を指していたからで、これらはエセ小説である、と従来の小説観を切り離した。『源氏物語』にわいせつ描写があるのも、当時の文弱な世相に合わせただけで作者を責めるのはお門違いだと、地獄に落とされがちだった紫式部を擁護している。

同書には、「婦女稚重は蒙昧にて、もとより事理にくらきものなり、小説を読みて其脚色の奇なるを喜ぶべしといへども、いかでか寓意をさとり得べき」と、女子供を小説の鑑賞者から排除する記述もある。

坪内逍遥は貶められていた「小説」の芸術的価値を知らしめるため、女子供でも読める幼稚な内容でもエロでもなく、はたまた勧善懲悪のエンタメでもなく、人の心の機微を描く大の男が読むにふさわしい芸術、それが「小説」だと打ち出したのである。

道徳教育の強化と子供向け雑誌

一方、当時の教育政策をみると、自由民権運動などの隆盛に対する反動で、文明開化期の進歩的な政策から大きく右旋回する傾向がみられる。その発端となったのは、明治12年に「知識才芸よりも先に仁義忠孝に基づくいわば儒教的な道徳教育が、わが国教学の要として確立されるべき」(文部科学省ホームページより)とした「教学聖旨」である。明治13年には、福沢諭吉『学問のすすめ』と中村正直『西国立志編』の二大ベストセラーが、「国安ヲ妨害シ風俗ヲ紊乱スルガ如キ事項ヲ記載セル書籍」(文部省布達)とされて教科書のリストから外されてしまう。明治22年「大日本帝国憲法」に続いて明治23年に発布された「教育ニ関スル勅語」は、全国の学校に配布され、教育の最高原理として扱われた。

このような時代背景の中で、明治中期より子供向け雑誌が創刊されはじめる。『子ども観の近代』(河原和枝)によれば、このころの子供雑誌は商業目的というよりは「啓発、教育を目的として教育関係者によって刊行されたもの」だったという。教育雑誌としての子ども雑誌には、忠君愛国と家族国家観による国民道徳が期待されていた。そのため、当初は実用記事がメインで、小説や物語などの文学的読み物に割くページ数は少なかった。『小説神髄』では、人情と風俗を写実的に描くのが「一大美術」としての小説だとされたが、人情と風俗が道徳的な家庭にふさわしいとは限らない。

たとえば言文一致による初の近代小説とされる二葉亭四迷『浮雲』(明治20~22年)のあらすじはこうだ。「俺は超がつく真面目人間・内海文三。ひょんなことから叔父の家に居候することになってしまったorz。従姉妹のお勢(カワイイ)に勉強を教えるうちにイイ仲に♡なのにリア充本田昇がウチに出入りしてお勢を口説きはじめて…俺の恋どうなっちゃうの!?」……日本近代小説の金字塔をライトノベルみたいに紹介するな、と怒られそうだが、ついラノベ風にまとめたくなるくらい主人公のうじうじした自意識を描き出しているのが戯作との決定的な違いで、それが新しかったのである。

バーチャル・リアリティは悪である

そういうわけで、小説を子ども向け雑誌に掲載することに関しては、批判も少なくなかった。以下、「明治二〇年代における「児童文学」ジャンル ―幼少年雑誌を手がかりとして―」(酒井 晶代)の孫引きになるが紹介しよう。

小説ヲ脳髄ノ軟弱ナル無邪気ナル罪ナキ天真爛漫タル小学会ノ会員杯ニ読マスルハ大ナル間違ヒデハ御座ラヌカ立志編伝記ノ如キモノヲコソ載スル可ケレ何ヲ苦ンデ父母兄弟団欒ノ間二読ムヲ憚ル如キ淫猥ナル小車ヲ載セテ人ノ子ヲ害スヲ要センヤ
「都ノ小車ヲ読ム」幽明子(『小学会雑誌』第五号、明治24年2月)

これは『小学会雑誌』掲載の小説で、主人公に恋した女子が恋わずらいで寝込むシーンが描かれたことに対しての批判である。家族団らんで子ども雑誌を通じて家庭教育を施そうと思ったのに、「お母さま、恋わずらいとは何ですか」「えーと…」なんてやりとりがあったら気まずい。偉人の伝記ならともかくも、恋愛描写なんて子どもに有害だからやめてほしい、というお叱りなのだ。

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堀越英美

核家族化で家庭教育はダメになった? 読み聞かせで心を育てるって……本当に? 日本で盲信されてしまっている教育における「道徳」神話の数々。そのすべてを、あの現代女児カルチャー論の名著『女の子は本当にピンクが好きなのか』でセンセーションを...もっと読む

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コメント

sisterhood_ そういえばcakesの記事が魯文さんとか逍遥てんていのあたり(https://t.co/r60UbmFkzV) 参考図書多いw 3年弱前 replyretweetfavorite

yomoyomo "芸者たちの女子トークを猫に見立てて洒脱に描いたコラム「猫々奇聞(みょうみょうきぶん)」でさっそく人気を博したというから、やっぱりたくましい(現代なら「実録!ニャンニャン嬢報部」って感じでしょうか)" https://t.co/1GP9W3ej1F 3年弱前 replyretweetfavorite

fmfm_nknk 更新されてます。> 3年弱前 replyretweetfavorite