じいちゃんにも、自分と同じ能力があったのか、と思ったのも束の間、そのままなすすべもなく膝をつかされ、さらにうつ伏せにひっくり返されて、腕を後ろ手に絞り上げられていた。起き上がるどころか、身動き一つできない。
「なんだ、これ」
金田のパラライズと違って、体の硬直はじいちゃんがへらへらと笑いながら手を離すと、あっさり解けた。
「どうじゃ。腕力(かいなぢから)なんぞ、さほど使っておらん」
「どうもなにも、勝てる気がしなかった」
「そう思わせるのが大事というこっちゃ。力ちゅうのはな、使わんことが一番でな。武道家というもんは、みんな力を使わなくて済むようにと修練を積んどる」
「は? どういうこと? 武道家なのに?」
「負けないように強くなろうと、技を磨き、体を鍛えているうちに気づくんじゃ。人は老いる。身体的な能力には限界がある。力と技をいくら鍛え上げても、いつかは、若い者に勝てなくなる」
じいちゃんなら死ぬまで負けねえよ、と金田は苦笑いをした。
「だからの、どの武道でもそうじゃが、最後はここを鍛えることに辿り着く。必ずな」
じいちゃんの拳が、どん、と金田の胸を突いた。小さく骨ばった拳なのに、体の芯に、じわりと衝撃が残った。
「心?」
「そう。心で勝って、敵の悪い心を制する。単に殴り倒したところで、悪人は悪人のままじゃろう。悪人が改心して初めて、正義は成る」
警察官にも言えることだの、と、じいちゃんは笑った。
「力もねえのに、心だけでどうにかなるもんかな」
「無論、そう簡単にはいかんさ」
じゃあだめじゃん、と、金田はため息をついた。
「だが、一つ覚えておくがいい。悪いことをするやつというのは、総じて心が弱いのだ」
「弱い?」
「誰だって、悪いことをしちゃいかん、ということくらい知っておる。それでも悪事に手を染めるのは、心が弱いからだ。欲望や誘惑に負けた己の弱い心を隠そうとして、噓をついたり、人を傷つけたりする」
ふと、「このハゲ!」と怒鳴った先輩社員の顔が金田の脳裏に浮かんだ。
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